ガイドライン・提言

 

母体血を用いた非侵襲性出生前遺伝学的検査(NIPT)の臨床研究に関する日本小児科学会の基本姿勢 2024

 日本小児科学会は、病や障害の有無に関わらず、生まれてくる、そして生まれてきたすべての子どもたちを守り、慈しみ、共に歩む立場から、母体血を用いた非侵襲性出生前遺伝学的検査(NIPT : Non-Invasive Prenatal genetic Testing)に関する臨床研究について、こども家庭庁の審議会が示した「NIPTの臨床研究における課題と対応(見解)」も踏まえ、以下に問題点を提起し、厳粛かつ開かれた議論が尽くされることを求めます。

1.これまでの経緯と課題について

 日本小児科学会は、NIPTについて、2019年3月および2020年10月に基本姿勢を示してきました。すべての子どもとそのご家族、妊産婦に対して切れ目のない成育医療の提供を謳う成育基本法の精神に則り、NIPT実施においては多職種・多領域の専門家による継続的な連携と支援体制の構築の重要性を訴えてきました。この姿勢は、現在も変わりません。その実践の一環として、日本医学会に発足した出⽣前検査認証制度等運営委員会の「NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針」に沿い、2022年4月から本学会にて出生前コンサルト小児科医を認定し、子どもたちの多様な生き方を支える立場にある小児科医が、NIPTをめぐる妊婦の意思決定の場に携わることができるよう努めてまいりました。
 出⽣前検査認証制度等運営委員会による認証制度下のNIPTは、限られた疾患と妊婦の背景についてのみ、その実施が許容されています。しかしながら、認証されていない施設においてもNIPTが実施され、受検対象者を拡大している施設もあることから、NIPTは誰でも簡単に受けられる検査であると誤解されている実態があります。さらに、非認証施設では対象疾患を多数に広げて検査されている現状もあります。そのような施設では、医学的な有用性や検査の精度が適切に管理されていない恐れがあります。NIPTは、マススクリーニングとして行う検査ではありません。正しい情報の提供や遺伝カウンセリングの体制が不十分なままNIPTが広く行われることにより、妊婦やパートナーの不安を引き起こし、かつ先天性疾患を持つ子どもたちの存在を否定する考えが社会に広がることを懸念しています。
 このような状況の中、一部の研究機関では、認証制度下で実施が許容されている疾患以外を対象とするNIPTの臨床研究が立案され始めています。2024年3月、こども家庭庁は「NIPTの臨床研究における課題と対応(見解)」を通じ、こうした臨床研究の実施による倫理的・社会的影響を踏まえた研究実施体制の透明性の確保に努めるよう提唱しました。ここに言及されている倫理的・社会的影響を考慮した議論は非常に重要です。研究に際しては、その科学的合理性の担保のみならず、倫理的・社会的影響を踏まえた配慮が尽くされて初めて研究者の自律が尊重されます。NIPTは、子どものさまざまな可能性を秘めた未来につながるいのちや権利を、意図せずとも、現在の大人の価値観で、取捨選択するものとなり得る検査です。新たに対象とされる疾患についての情報提供やそれらの疾患を持つ当事者や家族への配慮をいかに尽くすのか、疾患あるいは何らかの遺伝的特徴を出生前に把握することで、場合によっては妊娠が中断される可能性ついてどのように考えるのか、より慎重かつ開かれた議論が必要です。

2.NIPTの臨床研究の実施に際する妊婦・パートナーへの個別の支援体制の拡充

 NIPTは本来、出産に備える妊婦及び胎児・パートナー・家族の支援を目的とした検査です。妊婦およびパートナーに、検査の意義や内容に関する偏りのない正しい情報を十分に提供することが大切です。さらに、検査前だけでなく、検査後、妊娠の継続を検討する時期、出産前後、そして育児期に至るまで連綿と継続される、それぞれの専門家・多職種の連携による支援体制が整備されることも必要です。その上で、いずれの選択も妊婦が安心して選べる状況が保証されていることが極めて重要です。これは「研究」の名のもとであっても同様です。むしろ研究であるからこそ、その目的や結果の曖昧性・不確実性も含めた正しい知識や多視点による途切れのない支援の提供がなお一層求められます。
 特に研究段階ではデータの解釈は極めて難しく、正確かつ共通の理解に基づく臨床応用までには大きな隔たりがあります。それにも関わらず、研究を通じて得た検査データが研究参加者である妊婦およびパートナーに開示される場合には、その妊婦の妊娠継続に関わる判断に影響を及ぼす可能性があります。この点はいかに許容され得るのか、開示の是非も含めて熟慮が必要です。研究に参加するかどうかの妊婦の意思決定に際しては、質の高い遺伝カウンセリングに加え、研究に関する丁寧なインフォームドコンセント手続きと検査データを開示する場合における心理社会的な支援などを含めた包括的な支援体制が徹底される必要があります。

3.NIPTの臨床研究が社会全体に及ぼす影響をも考慮した慎重な検討

 NIPTの臨床研究を通じて、技術的に高い精度で疾患を診断できることが確認されたとしても、ただちに対象を拡大した検査として実用化することが倫理的・社会的に許容されるわけではありません。例えば、頻度が低い疾患にまで検査対象の範囲を広げることで偽陽性が増え、確認のための羊水穿刺による不要な流産を却って増やすことにもなりかねません。また、一旦研究や検査の対象とされた疾患は排除すべきもの、あるいはそのような疾患を持つ赤ちゃんを産まないために検査は受けるべきもの、という考え方を社会の中に生みかねません。授かるいのちの在り方をコントロールできるかのような錯覚が助長され、結果的にいのちの選別にもつながり得ます。これは、病や障害の有無に関わらず、どのようないのちも等しく尊び、支え合い、共に生きる社会の実現を目指すノーマライゼーションの理念に反します。
 現段階では研究とはいえ、その先に臨床応用された際の問題は非常に大きく、多岐にわたります。これらについて議論や体制構築が十分に尽くされぬまま、対象を拡大した研究が拙速に進められ、将来的に排除が目的となるような先天性疾患のスクリーニングに繋がることを懸念します。
 研究者には、研究構想の時点で研究の意義と影響について慎重に検討いただくことを切に望みます。たとえ研究成果が蓄積された後にも、臨床応用することについては、別にあらためて、慎重かつ開かれた議論が十分に尽くされることを願います。
 いま現在も、病や障害を持つ当事者がいます。科学者・医療者として、社会を脅かす優生思想を拒み、どのようないのちも尊重される医療の発展と社会の土壌づくりにこそ、より積極的に努力することが極めて重要です。

 日本小児科学会は、「NIPTの臨床研究の実施に係る透明性の確保等に関するスキーム」に則り、NIPT臨床研究の申請については、多角的な視点をもって厳正な姿勢で臨む体制を設けています。
 そしてこれからも、小児医療の発展に力を尽くし、すべての子どもたちが持てる力を最大限に発揮しながら、安心して過ごせる社会を目指します。そのために、私たちは、学術領域・専門分野・立場の垣根を越え、さまざまな方々と議論を繰り返し、共に力を合わせ、個々の現場への支援と社会全体の体制づくりに真摯に取り組んでいく所存です。

2024年11月7日
公益社団法人日本小児科学会

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NIPTの臨床研究における課題と対応(見解)(こども家庭庁)

母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)新指針(案)に関する日本小児科学会の基本姿勢(2019年3月5日)
 母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)の現状と日本小児科学会の基本姿勢(2020年10月27日) 

NIPTの臨床研究の実施に係る透明性の確保等に関するスキーム(こども家庭庁)


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