ガイドライン・提言

 

2019年3月5日

母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)新指針(案)に関する日本小児科学会の基本姿勢

要旨
日本小児科学会は、成育基本法の精神に則り、成育過程にあるすべての子どもとそのご家族、妊産婦に対して切れ目のない成育医療を提供しています。小児科医の関与が不十分な体制でNIPT1実施施設の拡大を目指す日本産科婦人科学会のNIPT新指針(案)に懸念を表明し、多職種、多領域の人材がそれぞれ公平な立場で、さらなる議論を継続し、よりよい体制を整えて、実施可能な施設が増えていくことを求めます。

 日本小児科学会は、小児医療の向上のために研鑽を積む小児科医を中心とした学術団体です。小児科医は、さまざまな病気や多様性をもって出生した子どもたちの命と生活を守る、いわば子どもたちの代弁者の立場にあります。私たちは、成育基本法2の精神に則り、胎児期から新生児期、乳幼児期、学童期、思春期を経て、成人期に至る人間のライフサイクルを包括的にとらえ、この過程で生じる健康問題に切れ目なく適切な成育医療を提供するとともに、常に寄り添う立場でさまざまなサポートを行うべく、日常診療に努めております。また、すべての子どもたちが今以上に質の高い充実した日々を送れるよう、基礎的・臨床的研究に不断の努力を重ねています。
 こうした立場から、日本小児科学会では、平成31年3月4日に日本産科婦人科学会から発表された「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する指針(案)」(以下「新指針(案)」と表記します)について以下の見解を表明し、より良い体制づくりのための議論の継続を求めます。また、今後もこれまで同様に、すべての妊婦とご家族、さらにはこれから子どもを持とうとしているすべての人々への支援を継続していくことを明言いたします。

 NIPTは妊婦の血液を用い、染色体の病気を簡便かつ安全にスクリーニングできる検査3です。NIPTを希望する妊婦とご家族がこの検査を受ける自由と権利は守られるべきであることに私たちも異論はありません。しかし、NIPTは胎児の命の選別に関わりかねない重要な検査である以上、検査を希望する妊婦やご家族には正確な知識と認識を持ったうえで検査に臨んでいただくことが何よりも大切であり、検査前の十分な説明と理解の必要性、そのための機会の充実は決してないがしろにされてはならないと考えます。
 検査を行う医療者には、妊婦とご家族が正確な知識を得る機会を提供する義務が生じます。その義務が確実に行われるためには、臨床遺伝学や対象となる疾患について専門的な知識を備えた専門医が遺伝カウンセリングを適切に行う体制が必須であることは誰もが認めるところです。さらに出生後の子どもへの支援を含めたNIPTの実施体制は、多職種、多領域の人材で構成されるべきであることも異論の余地はありません。こうした体制づくりのために、これまでも多職種、多領域の人材が公平な立場で、慎重に議論を重ねそれぞれの役割を果たしてきました。日本小児科学会は子どもたちの代弁者として、NIPTの遺伝カウンセリングに直接関わり、妊婦とご家族のケアに専念してきました。

 そうした経緯と基本的立場から日本小児科学会では、今回の新指針(案)の主旨であるNIPT実施施設の大幅な拡大にともなう施設条件の緩和に関して、以下の2点を懸念しています。

1)NIPT実施において、多職種、多領域の連携による継続的な支援体制が損なわれかねないこと
 新指針(案)では妊婦がNIPTを受検するのに居住地域や就業時間などの条件によって著しい差が生じるのは好ましくない、という理由から、実施施設の数の大幅な拡大が行われようとしています。
 その拡大の方針に際し、妊娠の全体を通じて身体的および精神的ケアを行う産婦人科医の責任の下にNIPTが行われるべきである、という理由のもとに、新指針(案)では日本産科婦人科学会の立場を中心に新たな実施体制がまとめられようとしています。
 日本においてNIPTの導入が検討された当初から日本小児科学会も議論に参加してまいりました。NIPTのあり方やその取り扱い、また施設認定など、真摯に議論に参加してきた経緯を鑑み、NIPTを考慮される妊婦とご家族に対し、私たち小児科医の立場からも説明の責任と義務を果たすべきだと考えています。
2)NIPT実施の前後を含む妊娠・出産・誕生・母子の健康と医療というプロセスに対して小児科医による必要なサポートの機会が失われてしまうこと

 実施施設の拡大に際し、新指針(案)では、従前の施設資格要件である「産婦人科医および小児科医が常駐し、いずれかは臨床遺伝専門医資格を持つ」という条項が拡大を難しくしているとの認識から、実施施設の要件を大幅に緩和して、小児科医の常駐義務化が外される方針が示されています。
 それによりNIPTの対象となる染色体の病気をもって出生した子どもたちに対する医療や支援の現状を小児医療の専門家である小児科医から妊婦に説明する機会が失われてしまう可能性があり、ひいてはNIPTが胎児の疾患の発見を目的としたスクリーニング検査として行われる可能性が、新指針(案)によりさらに助長される恐れがあります。

 

 私たち小児科医はNIPTの普及が、染色体の病気の子どもたちの存在を否定しかねない、深刻な事態を招いていることを認識しています。NIPTを希望する妊婦とご家族の意思、判断は尊重されるものですが、検査前に質が担保された遺伝カウンセリング等を通じて、染色体の病気の子どもとご家族の実情を知っていただき考える機会を持っていただくことを願っております。小児科医の関与が不十分な状況でNIPTが普及することは、NIPTを希望する妊婦とご家族から、この機会を奪うことを意味しており、染色体の病気のある方とともに生きる社会の実現を遠ざける結果になると危惧しております。

 上記に鑑み、日本小児科学会としては、NIPT実施施設の拡充に関しては、多職種、多領域にわたる人材がそれぞれ公平な立場で、さらなる議論を継続し、よりよい体制を整えて、実施可能な施設が増えていくことを求めます。
 これからも、日本小児科学会は、成育基本法の精神に則り、妊産婦はもとより、成育過程にあるすべての子どもと母親、さらにはそのご家族に対して、常に寄り添う立場で切れ目のない成育医療を提供いたします。また、子どもの病気や子どもを取り囲む環境を含め、すべての子どもとそのご家族の状況を支援し、また解決するための基礎研究および臨床研究を推進してまいります。

1 NIPT: non-invasive prenatal genetic testing
2 成育基本法:すべての子どもたちの健全な成長を後押しするため、母親の妊娠期から子どもの成人期に至るまでの切れ目のない医療、福祉の提供を目指す基本法(平成30年12月8日成立)
3スクリーニング検査:あくまでも非確定的な検査で、確定診断はできない

 



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