ガイドライン・提言

 

 将来の小児科医を考える委員会では,様々な分野で活動する中堅小児科医が中心となり,今後の小児科医がBright futures となるための議論を重ねてきました.平成26 年12 月から28 年5 月までに議論してきた内容を「将来の小児科医への提言2016」として,ここにご報告いたします.多岐にわたる内容で議論がまだ不十分な点もありますが,学会員の皆様のご参考となれば幸いです.
 なお,この提言は,理事会の承認を経て,学会ホームページ会員ページでパブリックコメントを募集した上で作成しております.

日本小児科学会将来の小児科医を考える委員会委員長
島袋林秀

将来の小児科医への提言2016

日本小児科学会将来の小児科医を考える委員会

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はじめに

 小児医療の場が病棟から外来へ,さらには生活の場へ広がってきている.それは予防や治療が進んだ結果,感染症や喘息などが軽症化し,難治性疾患や慢性疾患の小児も生存・成長して在宅医療も可能となったためである.この疾病構造の変化は,これまで小児科医が様々な疾患に果敢に取り組んできた結果といえる.入院患者をはじめ小児患者が減少していることは,単に少子化の影響のためだけではなく,小児医療の進歩の結果でもある.生活の場における子ども達の健康や成長発達を支援する機会も今後はさらに増加し,これからの小児科医は,地域や家庭,さらには社会に視点を置いた医療を意識することが必要になる.
 研究面では,iPS 細胞の開発や次世代シークエンサーの導入等により,多くの小児難治性疾患の研究が発展していくことが期待される.これまで治療困難であった疾患領域の予後がダイナミックに変化する様を目のあたりにできる可能性がある.臨床,基礎,それ
らを繋ぐトランスレーショナルリサーチのいずれにおいても「小児科学」が大きく飛躍するチャンスがきたといえよう.一方,研究は特別な研究者だけのものでもない.身近な生活の場から生まれた問いからpublic health への発展も期待される.
 日常診療においては,生活視点の医療分野として総合診療医と重なる部分も多い.また,デジタル環境が発達する現在,診療もマニュアル化されやすい.診療の均一化による利点が患者家族にも医療者にもある一方で,診療が効率性を重視した「作業」に陥る可能性もある.小児領域の専門家として,この「作業」が中心となれば自分の頭で考え解決していく姿勢が育たなくなる.
 少子超高齢社会という社会構造のみならず,疾病構造や小児科医自身の世代・時代による行動,気質なども大きく変化してきている.私たち小児科医はこれからもすべての子どもたちのために,主体的に創造的に活動する必要がある.そこで当委員会では,小児科学,小児医療・小児保健に対して,これから私たちはどのように行動すべきか,1 年半にわたり議論してきたことをここに提言する.

小児科学のグランドデザイン

 まずは,いのちが多様であることと同じく,小児医療も多様であり,それを反映して,小児科学も多様に広がっていることを指摘したい(図1).

図1
 小児科医は,日々子どもたちを診療しているが,それは「子どもの病気」を診ていることではなく,広く「いのち」を,そしてそのはじまりからかかわっていることに改めて気づかされる.いのちにはさまざまなかたちがあり,このいのちの成長をいかに支えるのかを考え実践することがまさに小児科学である.
 いのちの成長には,医学領域だけではなく,その過程でさまざまな要素が関係する.そしてこの取り巻く環境にも視野を広げていきたい.目の前のいのちだけではなく,これを育む家庭や地域社会へ,疾患からpublic health へ,さらにはglobal health へと.
 小児科学は,人間の発生から関与し,小児期,思春期を通じて健全な青年へと育て,さらには次世代のいのちを支援するという連続的でもあり未来志向な学術分野である.これを出発点とし,社会に目を向ければ,教育分野や行政との協働・連携は想像に難くない.教育学,行動科学といった人文科学や,広く社会科学領域を含め,多様ないのちの成長という視点から,小児科学を医学的のみならず,社会的にも包括的に捉えなおすが必要がある.
以下,各課題について述べる.

コミュニティ

提言:病院から地域,家庭へアウトリーチする.
テーマ:「地域での健康的な生活」
提案:
1)「コミュニティ小児医療」の学術分野としての確立
 地域で生活する子ども,保護者やそれに関わる集団を対象に,子どもの健康に関する保健活動(禁煙,食育,性教育,障がい児(者)医療等)や在宅・訪問診療を実践し,これらを通じて育児に関わる種々の課題,子どもの成長発達や行動の特異性を学び,研究対象の
一分野と位置付ける(担当組織・委員会;学術,こどもの生活環境改善,小児慢性疾患など.新たな委員会の設立も考慮).
2)生涯教育
 これは小児科医のキャリアの中で,生涯にわたり考え学び続ける必要のあるテーマである.そこでこれを学術分野として位置付けるために,まずは専門医教育から始める.
(担当組織・委員会:生涯教育・専門医育成,中央資格認定,試験運営など)
背景:
 衛生状態の改善や医療技術の開発・発展等によって,20 世紀から現在にかけて子どもたちの死亡率が著しく減少した.これからの私たちは,疾病治療から成長を支える医師へとなり,診療を受けた子どもたちが家庭,地域に戻り,そこで大人になっていくことを医
療面から支援する必要もある.
 いままでも小児科医は保健活動を行ってきた.しかしながら,小児科学における学問的位置づけは明確ではなかった.また子どもたちに関わる課題は,家庭や保育,教育現場,さらには福祉施設を含む子どもの生活環境全ての場所で生じており,その内容も医療にと
どまらない.貧困に代表されるような社会問題も,家庭での療育能力の低下や,子どもの治療コンプライアンスなどに直結する問題である.
 私たちは,視野を,病院から生活の場である地域(コミュニティ)へ,医療から健康・生活へと,コミュニティで生活する「すべての子どもたち」へ広げ,実際に病院の外へ出ていく必要がある.そのために,小児科医が「コミュニティ小児医療」を学術分野として位置づけ,子どもたちのアドボカシー(代弁者,権利擁護者,政策提言者)となって,これまで以上に子どもたちの健やかな成育を意識し,支援することを提言する.

学術研究

提言;学問としての「小児科学」の興隆を目指す.
テーマ;「知的挑戦」
提案;
1)知的挑戦
•希少性疾患をフロンティアと位置付け,小児科学のチャンスととらえる.
•治験・産学共同研究への参加推進
(担当組織・委員会:学術,薬事,生涯教育・専門医育成など)
2)主体性の刺激
•学生,研修医でも参加しやすい小規模プロジェクトの推進
•臨床研修中や臨床活動中での研究活動への評価
•若手への研究紹介,研究公募の拡大
•国際学会出席や海外留学への補助拡充
(担当組織・委員会:学術,薬事,生涯教育・専門医育成など)
3)日本の「小児科学」の成書作成
 日常診療に関わるからこそ,日本発の体系化された成書が必要である.単に“Nelson Textbook of Pediatrics”の追従ではなく,作成の過程をとおして,日本での小児科
学を再構築する.(担当組織・委員会:学術など)
背景;
 小児医療は日々進歩を続けている.その中心となって支えているのが「小児科学」である.「小児科学」は学問の一つであり,学問とは体系化された知識と方法のことである.一方で近年,診療がガイドラインを参照した「作業」となり,学問の意識が薄れつつある感もぬぐえない.
 学問を深く追及することは,すなわち研究である.研究は実験室で行うものと考えがちだがそれは正確ではない.勤務地に関わらず,疑問,興味のあるところ,全ての小児科医ができるはずのものである.研究を推進することは,各小児科医が疑問・興味を持つところからはじめ,「小児科学」という学問を追及したいという考え,リサーチマインド,を持つことに依存している.このことは,小児科医自身の主体性の問題へと帰着する.
 iPS 細胞の発明や次世代シークエンサーの導入等によって,基礎研究と臨床研究を繋ぐトランスレーショナルリサーチがより身近になりつつある現在,希少性疾患を扱う小児科学はフロンティア領域である.小児科の本領を発揮するチャンスである.この機に改めて
体系化された学問としての「小児科学」を見直し,各人の主体性に期待し,リサーチマインドの向上を図り,知的挑戦を促すことで日本の「小児科学」の興隆を目指すところである.

小児医療提供体制

提言:
「日本小児科学会はすべての小児科医と,子どもに関わるすべてのひとを応援します.」
テーマ:「多様性と協働」
提案;
1)メッセージの発信
「小児科医は子どもの総合医」というメッセージに引き続き,上記の提言メッセージを日本小児科学会から会員に向けた姿勢として明確にする.また,保護者や,子どもに関わる仕事に関わっている人々にもメッセージを発信する.
(担当組織・委員会:理事会,広報など)
2)医療活動において
•小児科医相互の協働
―施設内;働き方
―地域・全国レベル;地方への医師の誘導
•中核病院と一般病院・診療所・訪問診療との連携
•小児科医と総合診療医などとの協働
•小児科学会と小児関連学会,および他学会との連携
•子どもに関わるすべてのひととの協働
(担当組織・委員会:小児医療,小児医療提供体制など)
3)学会において
•把握:定期的な会員動向調査,会員交流・意見交換の場の設定
•運営:理事会・代議員の構成の再考
•共有;ホームページなどでの小児科医の多様な働き方の広報
(担当組織・委員会:理事会,選挙管理,広報,男女共同参画など)
背景:
 ここ近年,日本小児科学会は,夜間・休日急病診療を念頭に「選択と集中」の概念のもとに地域診療体制を整備してきた.小児科医がカバーしきれない地域の存在や総合診療専門医等の増加から,小児科医以外が小児を診る機会も増えるだろう.今後は,地域レベル
とともに,学会レベルでも各診療科との協働を考える必要がある.そこにまた,小児科医の新しい役割もあると考える.
 外部環境の変化と同様に,私たち小児科医自身も変化している.特に若い層での女性医師の増加により,近い将来,女性医師が半数を占めることになる.また小児科医の中でも世代間の気質の違いもあるかもしれない.今後は,働き方も,典型的な男性中心の画一的
なものから,ワークライフバランスやライフステージに適った多様なものへと動いていくだろう.職務を円滑に進めるためには,女性医師に限らず,施設や地域内外の小児科医間で,その環境に合わせた連携を柔軟に行う必要がある.
 小児医療には職種,分野,性別など多様な背景をもった人々が関わっている.この多様性を把握,許容し,互いに交流・連携を深めることが,今後の小児科医の働きやすさ,安定した小児医療提供につながると考える.日本小児科学会が,会員はもちろん,小児に関わるすべての人々と協働して子ども社会を守る姿勢を,より明確に発信することで,リーダーシップをとっていくことも期待したい.

まとめ

 今回の提言は断定的なものではない.身近な問題から議論をはじめたこともあり,国際的,社会的,倫理的な課題などについて十分検討できなかった点もある.今後,これらの議論が広がることを期待したい.
 日本小児科学会は,外的環境・内的環境の変化に対して変革を尊重する,しなやかで強い組織となって,子どもたちの未来を輝けるものにする責任がある.そのためには,私たち小児科医自身が主体性をもって,未来に向かって創造的である必要がある.
 最後に,当委員会から将来の小児科医に向けた8 つのメッセージを示す.

私たち小児科医は,
1. いつでも,子どもたちの味方でいよう.
2. 子どもたちそれぞれに個性があり,多様であることを尊重しよう.
3. 子どもたちの現在,そして未来を育もう.
4. 子どもたちを通して,家族や社会を応援しよう.
5. 病院,診療所にとどまらず,外へも出ていこう.
6. 社会における役割を考え,子どもたちに関わるすべての人たちと協働しよう.
7. リサーチマインドをもって,小児科学,さらに広く学問を追求していこう.
8. 子どもたちに関われる喜びを,広く社会に,そして次の世代に伝えよう.

 

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