ガイドライン・提言

 

(登録:2001.10.09)

 

公開フォーラム「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」報告書

 

 平成13年5月5日に東京女子医科大学弥生記念講堂において以下のプログラムで、小児科学会主催の公開フォーラム「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」が行われたので報告する.

1.開催までの経緯
 平成9年7月成立した臓器移植法は、その付記第2条に「施行後3年をめどとしてこの法律の施行の状況を勘案し、その全体について検討が加えられ,」とあるごとく、平成13年に現行法の改定が行われる可能性は極めて高いと考えられている.その中で現行法においては、15歳未満の未成年はその適応の対象外とされているところから、小児における肝臓や心臓の移植が海外で行われ、いわゆる「渡航移植」が国の内外を問わず社会的な問題として取り上げられている.また、厚生科学研究費特別研究事業「小児における脳死判定基準に関する研究班(竹内一夫班長)」が、平成11年度報告書において小児における脳死判定基準を公にし、これまで脳死判定の適応外となっていた6歳未満の児(修正齢12週未満は対象外)においても、脳死判定の対象とされるようになった.それゆえ、小児への脳死移植の枠を広げることが今回の改訂の一つの焦点とされていることは明らかである.
 一方、平成12年に出された厚生科学研究「臓器移植の社会的資源整備に向けての研究」中で、上智大学法学部 町野 朔教授を分担研究者とする「臓器移植の法的事項に関する研究(1)-特に小児臓器移植に向けての法改正のあり方-の報告書(通称町野案)」は、現在最も小児における脳死臓器移植の問題に関する影響力が強いと考えられている.その報告書の中で、死者の生前の意思表示の尊重を条件としながらも、本人の反対意思表示がない時は臓器の提供を認めるべきとしており、年齢に関係なく脳死状態にある人からの臓器移植を可能とする方向を示している.しかし、15歳未満の未成年者の脳死臓器提供については、その啓発が不十分な現在において脳死判定および臓器提供の意志表示が可能な児は例外的と考えられるところから、15歳未満の小児は親の承諾があれば本人の意志に関係なく脳死臓器移植が行なわれうるとの法律改訂に連なる可能性を孕んでいると受け取られ、以下のような問題点が指摘された.
 

1) 現行法が、15歳未満の小児について一律に有効な意見表示能力が欠如していると見なし、その適応外としていることは不適切である.小児の医療の現場において、癌などの予後不良な疾患に罹患している15歳未満のみならず10歳前後の児でさえ、大人も驚くほどの理知的な死生観に関する意見を表明できることを、小児科医は少なからず経験している.
2) 15歳未満の児が反対の意志表明をしていないという理由で、その脳死臓器移植が親の意志で行われるということは、児が十分な情報および意思表示の機会が与えられていない現状においては、我が国が批准した「児童の権利条約」、特に第6条に記載されている「児童は生命に関する固有の権利を有する」という内容に大きく抵触するものである.
3) 昨今の児童虐待や養育放棄など、親の子どもへの対応の変化を肌で感じている小児科医にとっては、必ずしも親が児の最大の保護者や代弁者であり得ない場合が多々あることを知っている.それゆえ脳死臓器移植の件に関し、なんらかのコントロールがない限りは、親が子どもの生命を左右することを可能とする法律に関しては、大きな危惧の念を抱く.

 これらの点を踏まえ、平成12年10月に行われた近畿地区代議員会において大阪医科大学の玉井教授らから、小児の専門集団である小児科学会として検討を加え、小児の脳死臓器移植に関して意見を述べるべきであるとの意見が小児科学会理事会によせられ、倫理委員会にその任務が託された.倫理委員会は「小児脳死臓器移植に関する検討小委員会」(委員長:仁志田博司、委員:中村 肇(神戸大学小児科)・田辺 功(朝日新聞編集部論説委員)・鈴木利廣(弁護士)・杉本健郎(関西医科大学小児科)・谷澤隆邦(小児科学会倫理委員会担当理事))


2.アンケート調査と結果
 倫理委員会「小児脳死臓器移植に関する検討小委員会」は小児科学会代議員への郵送によるアンケート調査および一般会員向けのインターネットアンケート調査を行った.
小児科学会代議員へのアンケート調査結果は以下のごとくであるが、質問4の『町野案の主旨に関する賛否』は、質問設定が不適切との指摘がありアンケート結果からは省くこととした.
インターネットアンケート調査は、残念ながら各会員への周知徹底を欠き、また、インターネットを介する調査の普及が未だ不十分であり、98名のみと会員の0.5%に過ぎず解析の対象とはなり得ないと判断された.


小児脳死・移植に関する代議員へのアンケート報告


 プロフィール

 送付 592通(ただし、現定数は589名)

 (代議員定数地区別回答数:愛知10/30、青森3/5、秋田5/5、石川6/6、茨城4/9、岩手2/5、愛媛4/7、大分5/5、大阪28/46、岡山9/11、沖縄4/6、香川3/5、鹿児島5/7、神奈川27/37、岐阜5/7、京都11/16、熊本9/10、群馬6/10、高知2/4、埼玉9/19、佐賀2/4、滋賀4/7、静岡7/14、島根3/4、千葉12/20、東京54/93、徳島4/5、栃木8/9、鳥取3/5、富山2/6、長崎3/7、長野5/9、奈良4/6、新潟5/10、兵庫17/26、広島11/14、福井3/4、福岡16/29、福島5/8、北海道18/26、三重4/8、宮城5/10、宮崎3/4、山形3/5、山口5/7、山梨3/4、和歌山4/5)

年齢   平均55.8歳(68~38歳)

性別  男性363、女性9、不明1

専門分野 感染免疫24、栄養5、アレルギー26、内分泌11、遺伝6、循環器16,精神・心身5、血液腫瘍44、腎臓13、神経38、新生児31、代謝12、消化器6
職種   開業76(20.4%)、勤務臨床154(41.3%)、大学研究127(34.1%)、その他16

結 果

質問1: 脳死を死と認めるか:はい=307(82.3%)、いいえ=35(9.4%)、わからない=31(8.3%)
質問2: 小児科医が学会として意見を述べる必要:ある=358(96.0%),いいえ=7(1.9%), わからない=7,
質問3: 小児からの脳死移植が必要:はい=270(72.6%), いいえ=47(12.6%),わからない=50(13.4%)
質問4: 削除
質問5: 自己決定・意見表明の可能年齢:6歳未満=39(10.5%),6~9歳=42(11.3%),10~12歳=125(33.5%),13歳以上=142(38.1%),15歳以上=8(2.2%),記載なし=15 13歳以上として150(40.3%)
質問6: 方策選択(複数回答可能)
1)チャイルドドナーカード=128(34.4%)、2)死の教育=173(46.5%)、3)子ども専門コーディネーター=201(54.0%),4)学会の継続的専門委員会=276(74.2%)
質問7: 倫理委員会として専門委員会設置の必要性:はい=354(94.9%)、いいえ=17(4.6%)
質問8: 自由意見 (省略)


3.公開フォーラム 「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」の総括
 約250名の参加者のもと、以下のようなプログラムで柳田邦男氏の基調講演に引き続き、4人のパネリスト及び4人のコメンテータの発言の後に参加者を交えた公開討論会が行われた.
基調講演
         座長:中村  肇(神戸大学病院長・小児科学)
         演者:柳田 邦男(ノンフィクション作家)
公開討論会
         座長:谷澤 隆邦(兵庫医科大学小児科教授)
            仁志田博司(東京女子医科大学母子センター教授)
パネリスト:
      *森岡正博(大阪府立大学倫理学教授)
        :生命倫理学的観点から
      *杉本健郎(関西医科大学小児科学助教授・遺族)
        :小児科学会アンケート調査結果
      *町野 朔(上智大学法学部教授)
        :死者の自己決定権と小児の権利
      *恒松由記子(国立小児病院 医長)
        :悪性疾患に罹患した児の意識
 コメンテータ
      *阪井裕一」(国立小児病院麻酔・集中治療科)
        :小児移植医療アンケート調査
      *曽根威彦(早稲田大学法学部教授)
        :町野案に関する法学的批判
      *鈴木利廣(弁護士)
        :患者の立場から
      *田辺 功(朝日新聞論説委員)
        :マスコミの立場から
       *掛江直子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
        :子どもの権利を守る立場から

柳田邦男氏の講演は、御自身の御子息を脳死で亡くされ、臓器移植提供側の家族となった経験を踏まえた、愛する者を失うという2人称の死をキーワードとした深い洞察に満ちた内容であり、まさに今回のフォーラムの基調となるものであった.
公開討論会における論点は、脳死判定および臓器提供の意志表示をしていない場合は、本来、人は善行を基本とした存在であるところから、家族の意志により脳死臓器移植は可能であるとする町野氏の意見に対し、脳死臓器移植に関する啓発の体制がない現状においては、小児が脳死判定および臓器提供の意志表示をあらかじめする事例は皆無に近いと考えられ、小児の権利を守る立場からは受け入れがたいとする意見であった.
今回のフォーラムは脳死や臓器移植の是非を論じる目的ではなく、子どもの権利を考えることに視点をおいたものであった.その点では多少議論の噛み合わなかったきらいはあったが、子どもの権利を考慮したより良い臓器移植法の改正に連なる糧となったと評価される.

4)今後の課題と方針
1. 学会倫理委員会において、この問題に関する検討を継続することを要望する意見が多いことを受け、引き続き「小児脳死臓器移植に関する検討小委員会」の活動を続ける.
2. 小児に対する脳死および臓器移植に関する啓発活動を企画する.
3. 小児用ドナーカードおよび小児臓器移植コーディネータの検討を行う.
4. 小児の意見表明の妥当性、とくにその可能年齢の検討をおこなう.
(なお、再度の学会員の意見・意識の調査に関してはその必要性があると考えられた時点で検討する.)
5. 公開フォーラム会計報告


平成13年7月1日


日本小児科学会倫理委員会
委 員 長  仁志田博司
担当理事 谷澤 隆邦

 

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