わが国のチャイルド・デス・レビュー
(Child Death Review; CDR)の確立に向けた提言
日本小児科学会、日本小児科医会、日本小児保健協会、日本小児期外科系関連学会協議会、
日本法医学会、日本公衆衛生学会、日本救急医学会、日本臨床救急医学会、
日本小児外科学会、日本小児救急医学会、日本周産期・新生児医学会、
日本外来小児科学会、日本自殺予防学会、日本自殺総合対策学会、
日本子ども虐待防止学会、日本子ども虐待医学会、日本小児突然死予防医学会
要旨
わが国でチャイルド・デス・レビュー(Child Death Review、以下「CDR」)がどのように実現されるべきかについて、専門学術団体として以下のように提言します。
- CDRは、子どもの権利条約の定める4つの原則(差別の禁止、子どもの最善の利益、生命・生存・発達に対する権利、子どもの意見の尊重)およびこども基本法の理念を実践する制度として構築・運用されることが望まれます。
- CDRは、亡くなった子どもの声を聴き、わが国の現在および未来のすべての子どもと国民の生命・生存・発達を保障することで子どもの最善の利益を追求し、より良い社会を築くための公益性の高い公衆衛生事業であると広く認識され、構築されるべきと考えます。
- CDRでは、子どもの死亡した地域や態様、保護者や家族の同意の有無等によらず、法のもと、すべての亡くなった子どもが公平に検証の対象とされ、亡くなった子どもと、その背後に存在する現在もなお同じような要因で安全や生命を脅かされている多くの生きている子どもの意見表明として公平に取り扱われることが望まれます。
- 子どもの最善の利益とわが国の公衆衛生のために、CDRが扱う情報を学術的にも解析、活用される体制の構築が望まれます。
はじめに
すべての子どもは等しくかけがえのない存在であり、 子どもの権利を擁護することは、私たち専門学術団体の重要な使命です。統計によると、一人の子どもが亡くなった場合、その背後には数百人の生命を脅かされている子どもたちが存在すると計算され1)、 これらの子どもたちの権利が守られるよう最大限の配慮が求められます。ひとりひとりの死亡事例に真摯に耳を傾け、そこから学んだことを広く社会に還元し、予防可能な死を減少させるとともに、すべての子どもたちが豊かに発達できる安全で安心な社会を形作ることを探求する仕組みの確立が求められています。児童の権利に関する条約(以下、子どもの権利条約)2)3)およびその精神に則ってわが国で制定されたこども基本法4)は、まさにこれを達成するための基礎となるものと考えます。
チャイルド・デス・レビュー(CDR)はこの仕組みを実現する多角的包括的なシステムです。子どもの死亡事例について多機関で情報を共有し、これを基に多職種専門家で検証し、同じような要因で生命を脅かされている子どもたちを危険から守るための提言を発出することを目指しています。これにより、ひとりでも多くの子どもを守るシステムを構築することは、安心して子育てができる社会の構築に寄与するものと考えます。これまで「子どもの死に関する我が国の情報収集システムの確立に向けた提言書(日本小児科学会、2012年)」5)、「子どもの死亡の原因に関する情報の収集、管理、活用等に関する体制、データベースの整備等に関する提言(日本小児科学会、2019年)」6)の公開、および種々の学術研究7)~9)等をとおして、専門学術団体等によるさまざまな提案がなされてきました。
成育基本法(成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律、平成30年12月14日法104号)には、「第十五条2項 国及び地方公共団体は、成育過程にある者が死亡した場合におけるその死亡の原因に関する情報に関し、その収集、管理、活用等に関する体制の整備、データベースの整備その他の必要な施策を講ずるものとする」と明記されています。その実現のため、2020年度から厚生労働省、2024年度からはこども家庭庁によって、地方自治体を実施主体とする「都道府県CDRモデル事業(以下「モデル事業」)」が開始されました。その目的は、子どもの死亡に関する効果的な予防策を導き出すとともに、CDRの全国的な実施に向けた課題を抽出するため10)とされました。
モデル事業では、すべての子どもの死亡に関して、医療機関を起点として関連職域と情報および考察を共有し、そこからの学びを社会全体に向けて発信する一連のプロセスを、多職種専門家による情報共有−検証−提言の3段階によって実現することが探索されました10)。その結果、医学研究者や学術団体等ではなく行政(地方自治体)が実施主体となり、安全・安心な社会の実現に向けた具体的な取り組みが、提言として複数発出されました。このように、CDRは専門家、関連職域の関係者、ひいてはすべての国民が亡くなった子どもの声に耳を傾け、社会全体にその学びを還元する公益事業であることが確認されました。その一方、実定法のないモデル事業では、個人情報保護法や刑事訴訟法との関連により、 検証に必要な情報収集が困難である11)、死因の正確な検証のために解剖の量および質の向上が求められる11)等の、わが国でCDRを導入するうえでの課題が明らかになりました。特にモデル事業では、現行法規と照らして必要な情報を扱うことに遺族の個別同意を原則としたところ、同意を得られないために検証の対象にならなかった事例が半数近くを占めました12)。その他、制度の有無や検証および提言の内容など地域による差異が大きいこと、各地域において取り扱い事例が少数であるため事例の同定が容易であり、個人情報保護の観点等から予防策提言等に制限が発生するなど、課題は山積しています。
上記のような背景を踏まえ、ここに専門学術団体として私たちは、国および関係機関等に対して、 わが国の目指すべきCDRが以下のように実現されるよう提言します。
提言
1. CDRは、子どもの権利条約の定める4つの原則(差別の禁止、子どもの最善の利益、生命・生存・発達に対する権利、子どもの意見の尊重)およびこども基本法の理念を実践する制度として構築・運用されることが望まれます。
子どもの権利条約は、1994年にわが国で批准されました2)。ここには、差別を禁止すべきこと、子どもの最善の利益を探求すべきこと、生命・生存・発達に対する権利が保証されるべきこと、子どもの意見が尊重されるべきこと、の4つの原則が謳われています。またこども基本法の基本理念でも、すべての子どもは大切にされ、基本的な人権が守られ、差別されないこと、子どもの意見が尊重され、子どもの今とこれからにとって最もよいことが優先して考えられることが謳われています。
亡くなった子どもは、生命・生存・発達に対する権利を享受できなかった子どもです。さらに前述のように亡くなった子どもの背後には、現在もなお同じような要因で安全や生命を潜在的に脅かされている多くの子どもが存在すると考えられます。CDRは、一人の亡くなった子どもを尊重し、その背後にいる多くの子どもたちの生命・生存・発達に対する権利を擁護する制度です。すべての死亡事例に真摯に耳を傾け、学びを社会に還元することで、今を生きる子どもたちが安全で安心な環境の中で豊かに発達する最善の利益を、子どもの代弁者として希求することを目指しています。この願いはまさに子どもの権利条約およびこども基本法の理念に合致するものであり、CDRの制度設計にあたっては子どもの権利条約およびこども基本法の理念を実践するよう構築し、運用されることが望まれます。
2. CDRは、亡くなった子どもの声を聴き、わが国の現在および未来のすべての子どもと国民の生命・生存・発達を保障することで子どもの最善の利益を追求し、より良い社会を築くための公益性の高い公衆衛生事業であると広く認識され、構築されるべきと考えます。
子どもの権利条約では、子どもに関することが決められ、行われる時は『その子どもにとって最もよいことは何か』を第一に考えるべきとされ 3)、こども基本法にも同様の基本理念が謳われています。
CDRの目的は子どもの死を検証し、効果的な予防策を講じること10)であり、厳密な事実関係を明らかにしたり、家族を含む、特定の個人や機関の責任の所在を追及したりすることではありません。そのようにして得られた意見、そこから得た学びなどは、特定の個人、団体や一部の地域のためにのみ還元されるのではなく、地域によらずすべての社会に対して還元されるために活用されなければなりません。これを実現するCDRは、公益性の高い公衆衛生事業に他なりません。
3. CDRでは、子どもの死亡した地域や態様、保護者や家族の同意の有無等によらず、法のもと、すべての亡くなった子どもが公平に検証の対象とされ、亡くなった子どもと、その背後に存在する現在もなお同じような要因で安全や生命を脅かされている多くの生きている子どもの意見表明として公平に取り扱われることが望まれます。
子どもの権利条約では、すべての子どもは、子ども自身や親の人種や国籍、性、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されると謳われています3)。同様の理念はこども基本法でも謳われており、CDRにおいても子どもが生存の権利、意見の表明および最善の利益を享受することが保障されるべきと考えます。
2024年現在のモデル事業においては、情報の取扱いの方針として、個人情報保護法との整合性の観点から①保護者や家族の同意が必要、刑事訴訟法との整合性の観点から②警察の捜査情報は共有しない、③司法解剖の結果は取り扱えないという3点が示されました11)。
しかし、①に対して、子どもを亡くして落胆する保護者や家族に、個人情報を利用させてほしいと切り出すこと自体が難しいという意見や、保護者や家族の責任を追及しているのではないかと誤解されかねないという意見が出ており13)、複数の地方自治体から保護者や家族の個別同意を要することについての疑問の声が上がっています11)。同意が無いために検証が行えないことは、今を生きる多くの子どもやこれから生まれてくる子どもたちの生命や安全を脅かす危険性があります。保護者や家族によっては、自身の子どもの死因を知られたくないという気持ちがあることは十分に理解できます。しかし提言2に示すように、本事業はすべての子どもの権利に関する公益性の高い公衆衛生事業です。UNICEFは自殺も含めたすべての子どもの死亡を登録、調査する仕組みが必要であると述べています14)。保護者や家族、 子どもに誤解や不利益が生じないよう、厳格な守秘義務を含む標準化された質の高い仕組みを構築し、公衆衛生に資する子どもの重大な権利を、個人の責任に委ねるのではなく、国が責任を持って保障するべきです。加えて、保護者や家族に対してCDRについての丁寧な説明と、グリーフサポート等を含む十分なケアと配慮が提供されるありかたについても、社会の制度として構築されることが望まれます。
また、②および③に対して、司法解剖結果ほか特定の機関の有する情報が、死亡に至った背景を正しく理解し予防策を構築するうえで極めて重要な情報であるにもかかわらず、その取り扱いに大きな制限があること、任意での情報収集以上のことを実施できないこと15)も問題であると指摘されています。厳格な守秘義務のもと、これらの情報を可及的に利用できることが公益に直結することを認識し、子どもに関連する多職種が司法手続等に影響を及ぼすことなく情報を共有できるよう、身分や手続のありかたが明確化される必要があります。
これらを達成するため、情報を取り扱ううえで遺族の個別同意を必要としたモデル事業のありかたを見直すこと、司法解剖結果を含む広範な情報が、亡くなった子どもと、その背後に存在する現在もなお同じような要因で安全や生命を脅かされている多くの生きている子どもの意見表明として、法のもと公平に取り扱われることが望まれます。そのためには、これを保障する法を定め、そのもとで安定してCDRが運用されるべきと考えます。この法には、わが国のどこに住んでいても、子どもの生存の権利、意見の表明および最善の利益をすべての子どもが等しく享受できることが謳われる必要があります。
4. 子どもの最善の利益とわが国の公衆衛生のために、CDRが扱う情報を学術的にも解析、活用される体制の構築が望まれます。
子どもの権利条約およびこども基本法に定められているように、子どもの生命・生存・発達に対する権利を保障すること、亡くなった子どもの声なき声に十分耳を傾け、それを現在および次世代の子どもの権利の擁護のために活かすよう努めることは、専門学術団体の重要な使命と認識しています。
CDRにおいて、医療は重要な役目を担います15)。CDRの検証過程や結果として得られたすべての情報や提言は、その種類にかかわらず集約され、子どもの最善の利益とわが国の公衆衛生のために解析、活用されるように、体制が構築されることを強く希望します。このような体制のもとで学術的解析を行い、子どもだけでなく全国民にとって重要な知見を発見し提供することで、社会の安全と安心に寄与することが、専門学術団体の責務であると考えます。
最後に、私たち学術団体は、今後もCDRの有効な実施に向けた啓発、支援を行なうことを私たち自身の責務と認識しています。そのためにも、本提言の実現を強く望みます。
以 上
文献
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC) .WISQARS (Web-based injury statistics query and reporting system) Fatal and Nonfatal Injury Infographics. Deaths and Injuries due to All Injury among Persons Aged 1 to 17 Years, 2014 to 2023, United States. https://wisqars.cdc.gov/infographics/(参照2025-11-1)
- 外務省.児童の権利条約(児童の権利に関する条約).https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/(参照2025-3-1)
- 日本UNICEF協会.子どもの権利条約の考え方.https://www.unicef.or.jp/crc/principles/(参照2025-3-1)
- こども家庭庁.こども基本法.https://www.cfa.go.jp/policies/kodomo-kihon/(参照2025-5-1)
- 日本小児科学会小児死亡登録・検証委員会.子どもの死に関する我が国の情報収集システムの確立に向けた提言書.日児誌 2012; 116: 1027-1035.
- 日本小児科学会小児死亡登録・検証委員会.子どもの死亡の原因に関する情報の収集,管理,活用等に関する体制,データベースの整備等に関する提言.日児誌 2019; 123: 789-790.
- 溝口 史剛ら.パイロット4地域における,2011年の小児死亡登録検証報告―検証から見えてきた,本邦における小児死亡の死因究明における課題.日児誌 2016; 120: 662-672.
- 沼口 敦ら.日本小児科学会子どもの死亡登録・検証委員会報告:わが国における小児死亡の疫学とチャイルド・デス・レビュー制度での検証における課題.日児誌 2019; 123: 1736-1750.
- Numaguchi A, et al. Epidemiology of child mortality and challenges in child death review in Japan: The Committee on Child Death Review: A Committee Report. Pediatr Int 2022; 64: e15068.
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- 国立国会図書館.チャイルド・デス・レビュー導入の課題.調査と情報―ISSUE BRIEF―No. 1275(2024.4.18).https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/13561254(参照2025-3-1)
- こども家庭庁.「令和4年度予防のためのこどもの死亡検証体制整備モデル事業」参加自治体による事業実績報告書および事後評価のまとめ(国立研究開発法人 国立成育医療研究センター研究所 政策科学研究部 2024.3月).https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/0d3f57c1-87bb-4e79-bc45-f77366952855/0ea87db4/20240614_policies_boshihoken_child-death-review_32.pdf(参照2025-3-1)
- フロントラインプレス取材班編著.チャイルド・デス・レビュー―こどもの命を守る「死亡検証」実現に挑む―.旬報社,2022.
- UNICEF. IMPLEMENTATION HANDBOOK FOR THE CONVENTION ON THE RIGHTS OF THE CHILD FULLY REVISED THIRD EDITION. https://www.unicef.org/lac/media/22071/file/Implementation%20Handbook%20for%20the%20CRC.pdf(参照2025-5-1)
- 河村 有教.こどもの死亡を検証するためのチャイルド・デス・レビュー(CDR)の法制化に向けての初歩的考察 ―9つの自治体の CDR モデル事業の現状と課題から―. 長崎大学大学院多文化社会学研究科・多文化社会学部『多文化社会研究』 2023; 9: 163-174.