2025年10月7日
妊婦への接種が推奨または考慮されるワクチン
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日本小児科学会 予防接種・感染症委員会
妊婦にワクチンを接種することの主な意義としては、(1)ワクチン接種によって産生された中和抗体が胎盤を通過して胎児に移行し出生早期の乳児を病原体から守ること、(2)妊婦自身の感染症罹患や重症化を予防することにあわせて早期乳児の発症を予防すること、が挙げられる。(1)と(2)それぞれの役割を担っているワクチンは、(1)が組換えRSウイルスワクチンおよび百日咳含有ワクチン(日本では、沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン:DTaPワクチン)、(2)がインフルエンザHAワクチンおよび新型コロナワクチン(コロナウイルス(SARS-CoV-2)RNAワクチン、組換えコロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチン)である。これらのワクチンを妊婦に接種することの有用性について以下に述べる。
1) 乳児の重症化を主な目的にしたワクチン
妊婦へのワクチン接種によって、妊婦の体内で中和抗体が産生され、それが胎盤を通過して胎児に移行することで出生早期の乳児を病原体から守ることができる。このような目的で妊婦に接種が行われるようになった背景として以下が挙げられる。まず、乳児期早期に感染すると重症化しやすい病原体が知られている。そのような病原体に対するワクチンがあっても、生後早期の新生児は免疫反応が未熟なため不活化ワクチンの接種では十分な抗体が産生されない。更に、接種後に抗体が上昇するまでには1か月以上かかるため、乳児期早期にワクチンの効果が得られにくいという事情がある。現在、乳児の重症化を主な目的にした国内のワクチンには、百日咳含有ワクチンとRSウイルスワクチンがある。生後2か月までは百日咳含有ワクチンは定期接種の対象になっておらず、RSウイルスワクチンは乳児に接種するワクチンがない。
①RSウイルスワクチン
RSウイルス感染症は毎年流行し、2歳までにほぼ100%が感染する。症状は軽い感冒症状から細気管支炎・重症肺炎までさまざまである
。生後6か月未満では、たとえ基礎疾患がなくとも重症化リスクが高い。乳児期早期には無呼吸発作を、乳児期から幼児期には急性脳症を起こすこともある。また、乳児期早期の罹患で、のちに反復性喘鳴(気管支喘息)が後遺症として残ることもある。2024年5月から、日本でも妊婦に接種するRSウイルスワクチン(アブリスボ®筋注用)が使用可能となった。このワクチンに関する考え方は日本小児科学会のホームページに掲載されている(
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20240221_RWvirus_kangae.pdf)。
自治体によっては、接種費用を助成しているところもある。接種量や接種方法は表を参照。
②百日咳含有ワクチン
百日咳含有ワクチン未接種もしくは初期免疫3回を完了していない生後6か月未満の乳児で百日咳重症例が多く報告されている。無呼吸発作や肺炎、脳症を合併し命にかかわることもある。この世代を守るため、妊娠後期の妊婦への百日咳含有ワクチンの接種が推奨されている。海外では、妊婦への同ワクチン(Tdap)接種が、生後6か月未満の乳児における百日咳重症例の減少につながっている
1)。日本では、Tdapは承認されていないが、小児の定期接種として導入され妊婦への皮下接種も認められているDTaP(トリビック®)の接種が考慮されている。ただし、妊娠後期(27
*~36週、28
**~36週:
*米国のTdap(成人用3種混合ワクチン:日本未承認)推奨時期に準拠、
**国内の妊婦に対するDTaPの臨床研究は28週以降に実施されているため)にDTaPを接種することで抗体が胎児に移行することは確認されているが
2)、乳児の重症化予防効果はまだ証明されていない。このワクチンについての詳細は、日本産科婦人科学会のホームページに掲載されている(
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/infection07.pdf)。接種量や接種方法は表を参照。
2) 妊婦の感染症発症および重症化予防とあわせて早期乳児の発症予防を目的としたワクチン
妊婦は様々な感染症に罹患すると重症化しやすいことが知られており、ワクチンによる予防が有効と考えられている。妊婦への接種が推奨または考慮されているワクチンは、インフルエンザHAワクチンとSARS-CoV-2ワクチンがある。
①インフルエンザHAワクチン
インフルエンザは毎年流行する。症状は発熱、感冒症状や胃腸炎症状のみで自然軽快することが多いが、時に熱性けいれんや気管支肺炎を引き起こす。稀ではあるが、脳症・心筋炎・肺炎などにより重症化し、死亡することもある。特に、乳児期早期や妊婦が罹患すると重症化しやすい3)。また、妊婦がインフルエンザに罹患すると早産のリスクが高まる可能性があることも報告されている4)。妊婦にインフルエンザHAワクチンを接種することで、生後6か月までの乳児におけるインフルエンザの発症を63%減少させ、母親においては発熱を伴う呼吸器疾患の発症を36%減少させたとの報告もある5)。これらのことから、インフルエンザ流行前に、インフルエンザHAワクチンの接種が推奨される。なお、経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの妊婦への接種は、安全性が確立されておらず推奨されていない。接種量や接種方法は表を参照。
②SARS-CoV-2ワクチン
SARS-CoV-2による感染症(COVID-19)は、現時点では年に2回ほど流行している。症状は、ウイルスの株によって異なるが、軽い感冒症状や胃腸炎症状から重症肺炎までさまざまである。基礎疾患のある妊婦が感染すると重症化しやすいことが知られている。また、妊婦がCOVID-19に罹患すると早産のリスクが高まる可能性があることも報告されている
6)。日本産科婦人科学会は、すべての妊婦に対して一律に新型コロナワクチンを接種することは推奨していないが、厚生労働省や専門学会が定める重症化リスクのある基礎疾患を合併している妊婦には、引き続き接種を推奨しており、また、母子免疫効果を期待する場合など、接種を希望する妊婦には接種が可能としている。妊婦への接種について、ワクチンの安全性と重症化予防効果、胎盤を通じた抗体の胎児への移行が確認されている。このワクチンについての詳細は、日本産科婦人科学会のホームページに掲載されている(
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20250821_COVID19_ippan.pdf)。接種量や接種方法は表を参照。
表 妊婦への接種が推奨または考慮されるワクチンの詳細
病原体
ワクチン名 |
推奨接種時期 |
接種方法 |
接種量 |
接種目的 |
百日咳菌
DTaP(トリビック®) |
妊娠27* 28**~36週 |
皮下注射 |
0.5mL |
早期乳児の重症化予防 |
RSウイルス
(アブリスボ®筋注用) |
妊娠24~36週
(28~36週推奨) |
筋肉内注射 |
0.5mL |
早期乳児の重症化予防 |
インフルエンザウイルス
(インフルエンザHAワクチン) |
妊娠全期間 |
皮下注射 |
0.5mL |
母体重症化予防あわせて早期新生児発症予防 |
SARS-CoV-2
(新型コロナワクチン) |
妊娠全期間 |
筋肉内注射 |
各製剤の規定量 |
母体重症化予防あわせて早期新生児発症予防 |
*米国のTdap(成人用3種混合ワクチン 日本未承認)推奨時期に準拠
**国内の妊婦に対するDTaPの臨床研究は28週以降に実施されているため
参考文献
1. Parisi A, Nuñez N, López-Perea N,et al. Reduced pertussis disease severity in infants following the introduction of pertussis vaccination of pregnant women in Spain, 2015-2019. Vaccine 2024; 42: 2810-2816.
3.
Samantha M. Olson, Fatimah S Dawood, Lisa A Grohskopf,et al. Preventing Influenza Virus Infection and Severe Influenza Among Pregnant People and Infants. J Womens Health (Larchmt). 2024 Dec;33(12):1591-1598.
4. Vazquez-Benitez G, O Kharbanda E, L Naleway A,et al. Risk of preterm or small-for-gestational-age birth after influenza vaccination during pregnancy: Caveats when conducting retrospective observational studies. Am J Epidemiol 2016; 184: 176-186.
5. K. Zaman, Eliza Roy, Shams E Arifeen, et al. Effectiveness of Maternal Influenza Immunization in Mothers and Infants. NEW Engl J Med 2008;359:1555-64.
6. Wang J, Deng Y, Wange W. COVID-19 vaccination during pregnancy and adverse perinatal outcomes: a systematic review and meta-analysis. Trans R Soc Trop Med Hyg 2024; 118: 405-425.