ガイドライン・提言

 

(登録:2001.06.13)

 

新生児医療におけるMRSAに関する日本小児科学会新生児委員会の見解

 

平成13年5月
日本小児科学会新生児委員会

 

 近年、いくつかの新聞で新生児のMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染(保菌)が取り上げられている.それらの文面からは、臨床的に問題になったことよりも、新生児がMRSAを保菌したことに話題性があるとして捉えられていることが窺える.日本小児科学会新生児委員会では、最新の医学的知識と医療の現状に鑑み、健常新生児管理およびNICU(新生児集中治療室)におけるMRSA対応についての見解を述べる.
 MRSAは、メチシリンが使用されるようになった直後の1960年代からすでに臨床的に遭遇してきたが、セフェム系やアミノグリコシド系などの抗生物質で対応してきた.時代の流れとともに、MRSAは多剤耐性へと変貌し、バンコマイシンなどの少数の薬剤にしか感受性を示さない菌の発生をみている.しかし、MRSAそのものは、その感染力および病原性が通常のブドウ球菌よりも高まっているものではなく、その対応においてはMRSAと一括するのではなく、どのような薬剤耐性を有するMRSAであるかを考慮すべきものである.1)2)我が国の新生児医療の水準は高く、1999年の新生児死亡率は出生1,000に対し1.8と世界のトップレベルとなっている.一方、多くのNICUにおいては施設の過密度などにより、長期に人工換気療法を受けている児を中心に入院児の黄色ブドウ球菌検出率が高く、その多くがMRSAとなっている2)3). しかし、後述する新生児TSS様発疹症以外、MRSA感染そのものがメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)と本質的にその臨床像が異なるものではない.各施設においては保菌者の比率を下げる目的で、種々の菌定着防止対策が行われているが、残念ながらこれまでのところMRSA保菌率を減ずることには成功していない.黄色ブドウ球菌そのものは健康人の常在菌であり、感染のリスクがより高い人の集団である病院の中で、それを皆無にすることは極めて困難であるのが現状である.それ故、現在のNICUにおけるMRSA対策の中心は、「どのような薬剤耐性をもつMRSAであるかをモニタリングするとともに、感染症の場合に薬剤耐性を強めないように適切な抗生物質を使用すること」である.
 NICU退院児においても、当然のことながらある程度のMRSA保菌率が予測される.MRSAはその薬剤感受性が既知であれば、他の黄色ブドウ球菌と同様な対応が可能であることを含め、家族へ正しい情報を提供しなければならない.現在まだNICU退院児において、MRSA保菌者という理由だけで外来受診や入院時に麻疹や水痘と同様に隔離扱いを受ける事例があるが、家族への適切な指導と説明が行われていれば、医療側のいわゆる一般的感染防止対策で対応が可能であり、過剰な対応による家族への無用な不安を避ける配慮が必要である.近年、ほぼ全国的に早期新生児期に黄色ブドウ球菌外毒素(TSST-1)による新生児TSS様発疹症が知られるようになった.これは成熟新生児においては一過性の疾患であるが、未熟児においては稀に無呼吸発作の増加などの臨床像悪化がみられる.その病因病態は微量の外毒素がスーパー抗原としてサイトカイン系を刺激することによることが解明されている4).その発症はほとんどが生後1週以内であることから、発症のほとんどは児が入院中であり、適切な対応がとられ得ると考えられる.
 以上のことから、日本小児科学会新生児委員会では新生児医療におけるMRSAに関しては、次のような対応が適切であると考える.
 1.新生児医療に携わる医療従事者は、MRSA感染(保菌)の予防およびその感染による臨床例の発生を最小限にする努力をしなければならない.
 2.MRSA院内感染防止対策として最も重要なことは、医療従事者が児に触れる前後での手洗いである.それに加え、NICUにおいては各施設の実状に応じたMRSA管理対策を講ずるべきである.
 3.MRSAを保菌する新生児については、その事実とともに正しい医学情報を家族に告げるべきである.その際、家族に無用な不安を与えないように配慮する.
 4.MRSAを保菌する新生児においては、退院後の他科受診において担当医への適切な情報提供を行い、その対応に関して共通の理解をもつよう努力すべきである.
 5.新生児期早期にみられるTSS様発疹症への対応については、未だ検討中であるが、その症例および症状に応じた医学的対応が必要である.しかし、本症は成熟新生児においては自然回復する良性の一過性疾患であり、また早期新生児期を過ぎて退院する児にはほとんどみられていない.
 6.バンコマイシン耐性ブドウ球菌(VRSA)5)6)においては、上記とは全く異なった速やかな対応が不可欠である.患者の隔離と職員を含めた全患者の培養検査、NICUの一時閉鎖など、院内感染対策本部との協力の下で対応する.

文献

1) 厚生省国立病院課・国立療養所課監修.院内感染対策の手引き―MRSAに注目して―.東京:南江堂,1992.
2) 志村浩二.新生児感染症の実態調査 ―超低出生体重児における重症院内感染症についての検討―.平成九年度厚生省心身障害研究報告書 1997: 23.
3) 崔信明、高橋尚人、仁志田博司.全国新生児施設におけるMRSAの保菌に関するアンケート調査.日児誌 2001:105(投稿中).
4) Takahashi N Nishida H Kato H et al. Exanthematous disease induced by toxic shock syndrome toxin1 in the early neonatal period. Lancet 1998; 351: 1614-19.
5) Hiramatsu K. Vancomycin resistance in staphylococci. Drug Resistance Updates 1998;1:135-150.
6) Smith TL Pearson ML Wilcox KR et al. Emergence of vancomycin resistance in staphylococcus aureus. New Eng J Med 1999; 340:493-501.

 

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