ガイドライン・提言

 

(登録:2003.06.24)

                      小児脳死臓器移植はどうあるべきか

 

日本小児科学会小児脳死臓器移植検討委員会
谷澤隆邦(委員長)  仁志田博司  清野佳紀
河原直人  佐地勉  杉本健郎
武下浩  田中英高  田辺功  田村正徳

2003年4月26日
日本小児科学会

はじめに

 わが国の脳死臓器移植法は1997年7月に成立し、同年10月に発効してから5年以上が経過したが、この間に施行された臓器提供者は20数例を数えるに過ぎない.わが国の脳死臓器移植法は本人の生前の意思表示と家族の同意の両者を必要とする提供者の人権を尊重した法律であり、世界に類をみない.しかし、わが国の民法では15歳未満の小児での生前の意思表示を認めていないことから現在のところ、小児脳死臓器移植は不可能である.現行法の付則に見直しが施行後3年と記載されていることと、成人臓器では対応できない海外渡航による心臓・肺などの小児脳死臓器移植数が増加している現実から脳死臓器移植法案の見直しが検討されている.
 以上の背景から、日本小児科学会理事会では倫理委員会を担当として、小児脳死臓器移植検討委員会を発足させ(以下委員会)、小児脳死判定基準や虐待などによる脳死移植の回避など小児の人権擁護の立場から、現状の問題点と今後のあるべき方向について検討を重ねてきたのでここに活動経緯とともに提言する.

 

小児脳死臓器移植に関する小児科学会
および関連分科学会活動の経緯

 小児臓器移植について日本小児科学会あるいはその分科会が議論を開始したのは1983年、第25回日本小児神経学会(会長 鴨下重彦)であった.この時は『来るべき将来の小児脳死臓器移植問題を考えよ』と提言する内容であった.とくに、脳死臓器移植法改正案(厚生省「臓器移植の法的事項に関する研究班」による町野案)が2000年8月23日に公表されてから小児臓器移植に関する検討が熱心にされるようになった.また、小児循環器学会を中心に小児脳死心臓移植適応基準、待機患児の実態と問題点、公開シンポジウムによる啓発活動がなされてきた.
 (1)近年の活動に至るまで
 日本小児科学会会員の有志がBrain Deathに関する理解を深めるために、UCLA小児神経学Alan Shewmon教授1)を日本に招聘講演を計画したことから始まる(1999年秋).この講演会は在京四私立医科大学合同医局会において開催され(2000年3月6日)、大阪においても開催された2).なお、この講演会は2001年9月にも関東、近畿、九州の医学部において開催された.
 同時期に、これとは別に日本小児神経学会では、第42回学術集会のイブニングトークで小児の脳死について議論された3).この中で(1)親権の問題について合意が得られていない、(2)脳幹機能の評価について臨床経験豊かで神経生理検査に精通した医師が不足している、(3)現場で生じる心理的葛藤への対策、小児の救急医療体制、コーディネーターの役割の不明瞭さなど受け入れシステムの問題がある、(4)小児の脳死は家族という視点でとらえられるべきである、と結論された.
 (2)日本小児科学会における活動の経緯
 1.日本小児科学会近畿地区代議員会において脳死臓器移植法改案に関する日本小児科学会員への意見聴取の提案が採択された(2000年10月26日).
 町野案では小児脳死に最も深く関わる小児科医の意見が取り入れられていないことから、上記代議員会において、大阪医科大学小児科玉井 浩教授から提案があり、日本小児科学会理事会の検討事項となった.
 2.上記を受けて、日本小児科学会倫理委員会が中心となり、小児脳死臓器移植に関するアンケート調査が小児科学会代議員を対象に郵送とインターネットを介して施行された(2001年3月).一般会員は日本小児科学会のホームページ(以下HP)で回答した.その結果は大多数の小児科医は小児臓器移植の必要性を認め脳死を死と容認するが、小児臓器移植法改案には小児科医の意見を採り入れること、また、小児科学会として議論の継続が必要とする結果であった(詳細は小児科学会HPを参照).
 3.また、小児脳死臓器移植の諸問題を広く議論するために、日本小児科学会主催の第1回公開フォーラム「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」が開催された(2001年5月5日 東京女子医科大学弥生記念講堂).
 4.わが国では宗教的精神基盤が均一ではなく、また、現代の核家族化による家族体系の変化から成人も小児も身近に死を体験することが少なくなった.死生観を含めた倫理観を培うことは社会生活の上でも重要であり、倫理委員会で討議を重ねた結果、今後「生と死の教育」を継続的に行うため、定期的な公開フォーラム開催を決定した.そして、日本小児科学会第2回公開フォーラム「子どもの死を考えるin Kobe」(2003年1月13日 神戸国際会議場)を開催した.
 (3)日本小児心身医学会における活動
 1.2001年理事会において小児脳死臓器移植の議論を行う必要性が了承された.
 第20回日本小児心身医学会総会においてシンポジウム『子どもの脳死状態における全人医療』が開催された(2002年9月6日 米子コンベンションセンター).
 真の幸福を得るためには、一人一人が「いのち」の尊厳を理解し、それに基づく医療行為が必要である.しかし、多くの病院では小児に限らず死に際して見取りの体制が不十分である現状である.小児の「いのち」「人権」が尊重されない臓器提供はなされてはならないとの結論であった.

 

年月日 学会 タイトル・内容 発表者など
1983年 25回日本小児神経学会
(会長 鴨下重彦)
(夜間集会)
小児脳死を考える 座長:牧 豊
演者:竹内 一夫、
二瓶 健次、藤田 慎一
2000年
6月8日
第42回日本小児神経学会
(会長 岡田伸太郎)
イブニングトーク
子どもの脳死について(本文参照) 演者:竹内 研三
  (鳥取大学脳神経小児科)
阪井 裕一(国立小児病院)
宮林 郁子
2001年
3月
日本小児科学会 小児臓器移植に関するアンケート調査 日本小児科学会倫理委員
(詳細は日児誌105巻11号,日本小児科学会HP)
2001年
5月5日
日本小児科学会第1回公開フォーラム 小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか
(詳細は日児誌105巻11号,日本小児科学会HP)
座長:中村 肇
演者:柳田 邦男
公開討論会
座長:谷澤 隆邦、仁志田博司
パネリスト:
森岡 正博
 (大阪府立大学倫理学)
杉本 健郎
 (関西医科大学小児科・遺族)
町野 朔
 (上智大学法学部)
恒松由記子
 (国立小児病院)
阪井 裕一
(国立小児病院麻酔・集中治療科)
曽根 威彦(早稲田大学法学部)
鈴木 利廣(弁護士)
田辺 功(朝日新聞論説委員)
掛江 直子
(国立精神・神経センター精神保健研究所)
2002年
9月6日
第20回日本小児心身医学会総会シンポジウム 子どもの脳死状態における全人医療(本文参照) 座長:松石豊次郎、田中 英高
演者:
松石豊次郎(久留米大学)
杉本 健郎(関西医科大学)
安藤 泰至
 (鳥取大学保健学科)
山口 龍彦
 (高知厚生病院ホスピス)
2003年
1月13日
日本小児科学会第2回公開フォーラム 子供の死を考える in Kobe
(詳細は日児誌107巻4号,日本小児科学会HP)
座長:仁志田博司、谷澤 隆邦
演者:
細谷 亮太
(聖路加国際病院小児科部長)
杉本 健郎
(関西医大男山病院小児科部長)
高木 慶子
(兵庫・生と死を考える会)
額田 勲(神戸みどり病院・神戸生命倫理研究会代表)
田中 英高(主催者から)

 

(4)日本小児循環器学会および関連学会の活動
 1.日本小児循環器学会の移植委員会において、a)小児心臓移植の適応基準の決定、b)小児心臓移植・肺移植適応患者の実態調査、c)日本小児循環器学会評議員の意識調査(日小循誌1997年13巻5号)、d)小児心臓移植実施マニュアル・ファクトブックの作成「小児心臓移植・肺移植」(日本医学館、2003. 1. 17)がなされた.

 

 2.学会活動
[1] 17回日本心臓移植研究会
   パネルディスカッション:特別発言、
   小児心臓移植・肺移植適応患者についての
   アンケート調査 松田 暉
[2] 第35回日本小児循環器学会総会1999. 7 福岡
   特別企画:本邦における小児心臓及び
   肺臓移植の現況 我が国における小児の
   脳死判定の現況と問題点 満留昭久
[3] 第36回日本小児循環器学会総会2000. 7 鹿児島
   特別企画:本邦での小児における心・肺・
   心肺移植の実施に向けて
[4] 第38回日本小児循環器学会総会2002. 7 東京
   特別企画 臓器移植委員会報告小児の心臓移植・
   肺移植の実現に向けて

 

 3.国際シンポジウム
 2003年1月 小児の心臓移植・肺移植の国際シンポジウム開催

 

 4.公開シンポジウム
[1] 2000年10月 メディアワークショップ
   日本移植学会広報委員会主催
   法施行後実施された脳死臓器移植の報告 松田 暉
   我が国における小児心・肺移植を必要とする
   患者の実状 小野安生
[2] 2001年10月 市民公開講座 
   臓器移植推進連絡会・日本移植学会主催
   法施行後実施された脳死臓器移植の報告 松田 暉
   我が国における小児心・肺移植を必要とする
   患者の実状 小野安生・佐地 勉
[3] 2001年7月 移植を考える集い 
   日本移植者支援協会主催
   我が国における小児心臓移植の現状と課題 福嶌教偉
[4] 2002年5月 臓器移植決起集会 移植を考える 
   日本移植者協議会主催
   我が国における小児心臓移植の現状と課題 福嶌教偉

 

 5.要望書提出
[1] 2001年2月衆議院議長・参議院議長への要望書提出
[2] 2001年7月国会議員への説明 
   中山代議士.宮崎代議士、阿部代議士他
[3] 2002年3月日本小児循環器学会からの
   小児心臓移植・肺移植の要望 
   総理大臣小泉純一郎への要望書提出
[4] 2002年2月松田班からの小児心臓移植・
   肺移植の要望 
   総理大臣小泉純一郎・厚生労働大臣・衆議院・
   参議院議長・生命倫理委員会会長への要望書提出

 

小児海外渡航心臓移植

 国内での小児心臓移植例は2003年1月17日現在で心臓移植施行17例中2例である.とくに、心臓移植は生体肝・腎・肺移植とは異なり生体ドナーからの移植は不可能である.また、成人ドナーからの心臓移植はドナー・レシピエントの体重差が3倍以上となる概ね体重が20kg未満のレシピエントでは困難である.
 以上の状況からわが国の現行法のもとでは低体重児の小児脳死臓器心臓移植は不可能であることと、15歳以上の脳死臓器提供数が少ないため毎年7~8例の心臓移植待機患児が海外渡航心臓移植を受けているのが実情である.また、心臓移植待機小児例のほとんどが機械的循環補助装置を必要とし、重篤な病状と経済的理由で海外渡航心臓移植ができない小児例も存在することが現状である.

提  言

 上記の経緯と背景を踏まえ、日本小児科学会倫理委員会として小児脳死臓器移植検討委員会を設置してわが国での小児脳死臓器移植の現状と問題点の検討を重ねてきた.
 その結果、わが国では小児脳死臓器移植によってのみ生命の維持が得られる小児が待機し、一部は海外渡航移植を受けている現実を厳粛に受け止め、脳死臓器移植医療のもたらすQOLの改善を考慮すると小児脳死臓器移植の必要性は十分に理解できる.また、小児科学会代議員へのアンケート結果からも大多数の小児科医が脳死を死と認め、小児脳死臓器移植の必要性については認めていることからも日本小児科学会は小児脳死臓器移植を治療法の一つとして容認する.
 しかし、その前提としてドナー・レシピエントとなる小児の人権を損なうことのないように「死を考える授業」などを実践し、自らの命をどう考えるかの教育を通して、例えばチャイルド・ドナーカードによる自己意志表明、小児専門移植コーディネーターの育成、そして被虐待児脳死例の臓器移植を回避する方策の確立など環境整備の諸問題を今後継続して検討していくことを提言する.
 また、後述するようにこの委員会では性格上小児脳死判定基準については多くは議論しなかったが、小児脳死判定基準については重症脳障害患児を扱う機会の多い施設の協力の下に前方視的脳死症例の蓄積が望ましい.また、医学の進歩に即した脳循環、神経生理学的補助的機能検査を採用していくことによって補完的に診断精度を向上させることが望ましい.
 日本小児科学会として上記諸問題についてさらに積極的・継続的に介入することを提言する.
 (1)小児の自己決定権を尊重するために
 わが国の脳死臓器移植法は本人の生前の意思表示と家族の同意の両者を必要とする提供者の人権を尊重した法律であり、世界に類をみない.わが国では1994年に「子どもの権利条約」を批准していることからも小児脳死臓器移植においてもこの原則は尊重されるべきである.
 内閣府の「臓器移植に関する世論調査」によると、小児の脳死臓器移植が現行法では認められていないことについて、「やむを得ない」が2割であるのに対し、「できるようにすべきだ」が6割で、法改正に理解を示す意見が多数を占めている.しかし、本人の意思表示についての考え方は大きく二つに分かれる.「15歳未満は適正な判断ができないので家族などが代わって判断すればいい」と「本人の意思を尊重すべきだ」がほぼ同じである.
 小児の人権を護る立場からは自己決定権を明示するチャイルド・ドナーカードの推進が望ましい.その前提には治験などでの小児自身への説明と承諾の明確化と同様に脳死と死に関する授業教育の実践と自己決定への意図的な誘導を避けるための中立的システムの構築が必要となる.また、民法の規定とは別に表示意思の有効年齢を15歳から引き下げることが求められる.
 さらに、ドナー家族・レシピエント本人と家族両者への橋渡しとなる小児移植専門のコーディネーターの育成が脳死移植医療の世論への理解を深め、本人と家族への医療情報提供のみならず精神的な負担の軽減に必要である.
 (2)被虐待児脳死例を排除するための方策
 小児の自己決定権を侵害する端的な例が親権者による虐待死の場合で、加害者である親権者による代諾によって脳死臓器提供となる事例である.
欧米でのHettler J4)らやLane WG5)の最近の報告によると、0~3歳までの頭部外傷の30%、骨折の52.9%(minority children)が虐待による.また、わが国では重症頭部外傷の20.4%6)、小児科医を対象としたアンケート調査7)によれば頭部外傷の10~40%は虐待の可能性が指摘され、虐待と診断し得るまでに2週間から1カ月以上の期間を要し、虐待を見逃してしまう症例も存在する.
 これを排除するためには救急医療機関への小児外傷例のなかに虐待例の混入を疑うことの啓発と中立性の高い医療者以外の参加による審査なども必要となる.とくに、親権者による代諾のみによる臓器提供の危険を回避するために、小児脳死臓器提供はあくまで特別な例外であることを法に明示し、厳格な手続き、その違反への罰則規定を含んで対応することや小児の権利擁護の立場に立つ専門的な調査・許可機関を設置し、その機関の許可を義務づける8)ことも大切である.
 (3)小児脳死判定基準9)~13)
 今回の提言では本委員会の範囲を超えるので多くは議論しなかったが、以下のことが指摘された.前方視的症例が139例中11例に過ぎないことと、成人と比較して小児では遷延性脳死(長期脳死、chronic brain death)といわれる症例が多い傾向があることの2点である.
 前方視的研究は世界的にも報告が少なく、(旧)日本脳波学会基準、厚生省基準、米国NIHの調査があるに過ぎない.厚生省研究班の11例は多いとはいえないので、報告書にもあるように関係施設の協力を得て小児脳死症例が蓄積されることが望ましい.この場合、医学的にも倫理的にも厚生省小児基準を標準として症例を追加することが望ましい.
 遷延性脳死はとくに小児では集中治療の進歩の結果だけとはいえず、可塑性に富む小児脳死状態における脊髄統合機能についても今後考えなくてはならない.このように成人、小児を問わず、遷延性脳死についてはさらに検討を加える必要があるが、厚生省研究班の調査で明らかなことは、これらの症例も脳死判定後に神経所見の変化は認められず、剖検や画像診断所見から脳組織の壊死・融解が示唆あるいは確認されている.
 医学の進歩は日進月歩であり、検査法の進歩もめざましい.脳死判定に脳死判定の骨格をなす神経所見とともに種々の時代に即した国際的に認知された脳循環、神経生理学的補助検査を採用していくことが望まれ、補完的に診断精度を向上させ得ると考えられる.
 日本弁護士連合会は、成人における初期の脳死臓器移植例の検討から今後は判定手順を厳格に順守するよう勧告している.臓器移植法の運用指針などが定めた手順が守られず、患者の人権が侵害された例があるとしている.成人と同様に小児脳死判定の手順を明示したマニュアルを作成し、人権を擁護し、世論の理解と協力を得るためには脳死判定の過程を患児と関係者のプライバシーを配慮した上で、情報の最大限の事後公開をすることが望ましい.

文献

 1) Shewmon AD. Chronic“brain death” Meta-analysis and conceptual consequences. Neurology 1998;51:1538―1545.
 2) 田中英高、玉井 浩、榊原洋一、他.子どもの脳死と死:脳死概念や定義の不整合性について―UCLA小児神経学・アラン・シューモン教授来日記念講演の概要と解説―小児科臨床 2001;54:1935―1938.
 3) 竹下研三、他.第42回日本小児神経学会総会イブニングトーク:子どもの脳死について 脳と発達 2000;32:440―447.
 4) Hettler J, Greenes DS. Can the initial history predict whether a child with a head injury has been abused? Pediatrics 2003;111(3):602―607.
 5) Lane WG, Rubin DM, Monteith R, et al. Racial differences in the evaluation of pediatric fractures for physical abuse. JAMA 2002;288(13):1603―1609.
 6) 高橋義男.頭部外傷を主病態として入院した乳幼児虐待の現状、背景と予防.日本神経外傷学会25回プログラム・抄録集102頁、2002年.
 7) 田中英高、他.小児脳死臓器移植における被虐待児の処遇に関する諸問題.日児誌2003;107:421.
 8) 中島みち.朝日新聞「私の視点」2003年1月9日.
 9) Shewmon DA. Chronic“brain death”, Meta-analysis and conceptual consequences. Neurology 1998;51:1535―1545.
10) 厚生省厚生科学研究費特別研究事業「小児における脳死判定基準に関する研究班」平成11年度報告書.小児における脳死判定基準.日医雑誌 2000;124:1623―1657.
11) 武下 浩.脳死判定基準―本邦ならびに諸外国の現状―.神経内科 2001;54:497―505.
12) Bernat JL. Philosophical and ethical aspects of brain death. In:EFM Wijdicks(ed). BRAIN DEATH, Lippincott William & Wilkins, Philadelphia, 2001:pp. 176―181.
13) Miyasaka K, Takeuchi K, Takeshita H. Paediatric brain death in Japan. THE LANCET 2001;357:1625.

 


 

(登録:2003.07.30)

小児脳死臓器移植に関するインターネットによる一般会員からのアンケート結果

 

 先に公開フォーラム「小児の脳死臓器移植はいかにあるべきか」報告書に代議員のアンケート調査結果のまとめと「提言 小児脳死臓器移植はどうあるべきか」を掲載いたしました.
アンケート調査では、一般会員から98名と少数ですがご意見を頂いており、その詳細を公表しておりませんでしたので今回追補資料としてここに掲載いたします.

1) 経過と回答数
 2001年4月上旬から6月上旬までの約2ヶ月間インターネットによるアンケートを行いました。その間4月中旬に学会誌(5月号)に最初の「お願い」を出し、5月5日の小児科学会フォーラムと仙台での学会総会にもアンケートの「お願い」をしました。結果は残念ながら約0.6%の98人の回答でした。この98人は基本的に代議員は含まれていないはずです。
代議員の文書によるアンケート回答が1ヶ月間で63%という比較的高率に対して、何故このように少数回答であったか。
アンケート回答時に打ち込みを完全に行わない限り終了できないという欠陥が指摘されましたが、やはりインターネットを駆使できる医師数が少なく、さらにアンケートに答えるという方式そのものがまだまだ普及していないことが考察されました。しかし、小児科学会員が多数入会しているメイルネットは1000人をはるかに超えていることからみると、脳死・移植そのものが身近な問題として捉えられなかったのかもしれません。国会の関係で、アンケート調査が突然何の前触れもなく実施されたことに会員の違和感があったことや、宣伝が十分に行き届かなかったことも関係しているのかもしれません。
より安価な方法ということでインターネットによるアンケートを実施したのですが、取り組み側の体制不備をお詫びします。

2) 結果
98人の回答を分析します。
[1]所属都道府県
回答の多い順に示します。大阪17、東京9、兵庫と福岡7、京都と北海道が6、神奈川5と続きました。
[2]専門別
「小児科」との記載ないし「記載なし」が多かったのですが、専門性の記載では、多い順に、神経・精神21、アレルギー・感染10、新生児9、腎臓7、循環と血液・腫瘍が5と続きました。
[3]年齢
多い順に列記します。41歳から45歳が最も多く27、 36歳から40歳が19、45歳から50歳が18、51歳から55歳が13、31歳から35歳が8、26歳から30歳が7、61歳以上が5、56歳から60歳が1でした。
[4]性別
男性73、女性25
[5]所属
臨床勤務が44、開業が34、大学研究が18でした。
[6]脳死=死を認めるか
「はい」が69、「いいえ」21、「わからない」8でした。
[7]小児科医が意見を述べる
「はい」が97、「わからない」が1でした。
[8]小児からの脳死移植の必要性
「はい」62、「いいえ」19、「わからない」17
[9]町野教授らの報告への賛否
「賛成」21、「反対」64、「わからない」13
[10]意見表明の年齢
6歳未満が26、6歳から9歳が18、10から12歳が
22、13歳以上が30
[11]今後の方策
チャイルドドナーカードが38、死の教育が62、子ども専門コーディネーター60、専門委員会が65でした。
[12]倫理委員会として継続的な専門委員会設置
  「はい」が91、「いいえ」が7

質問8
要旨を順不同に列記します。
・学会としてこの問題に限らず発言していく必要あり。
・沈黙は金の時代は終わった。存在価値を示す意味でも学会として発言すべき。
・脳死基準は成人と同様とは思わない。学会は医学的、倫理的基準を確定させるべき。
・学会としてインターネットで会員のアンケートをとったことを歓迎します。
・学会が技術専門的見地からリーダシップをとるべき、ただし代表メンバーの偏見でなく広く意見をもとめるべき。
・学会誌に定期的に資料や討論内容を掲載し、外部からの批判ものせていく。
・学会としての社会的責任を果たすべきで、今回のアンケートは泥縄式であった。継続的取り組みを。
・外国で移植を受ける子どもがいることは子どもの移植を容認している。ドナーになる人の討論が必要。
・脳死を死とする宗教観が整っていない。成人でもむつかしいのに子どもにまで適応は早すぎる。
・虐待からの移植の防止が可能でしょうか。
・ドナーもレシピエントも親と独立したこどもの意志を反映するシステムが必要。
・移植の前にまず小児救急の整備だ。
・治療放棄された脳死といわれた新生児仮死児が快復した。脳死は受け入れがたい。
・臓器移植は人の命を踏み台にして生きること。倫理的に危惧がある。
・子どもの出した結論を親が受け入れられない時、主治医はどうする?
・15歳以下の小児の脳死からの移植は人権侵害である。
・ドナー側への配慮がレシピエント側の論理より優先すべき。それが出来ないときは脳死移植をするな。
・オーム真理教の子どもは自分で入信したか?子どもの学校での死の教育が必要。
・小児の自己決定という概念がもっときちんと法的に討論されるべき。
・現法の原則が妥当。15歳以下の臓器提供のための自己決定には無理がある。
・大人の思いこみで子どもの意志が無視されないような活動が必要。
・移植を前提としない脳死判定の普及が必要。
・小児専門の公的コーディネーターが必要。
・脳死としての死を認め、レシピエントの死を認めない矛盾した医療。
・15歳以下は親の判断というのは抵抗がある。
・大脳皮質がなくなっても長期生存例がある。この子をどう取り扱うかが大切。
・死の教育については。「生きること」を問いかける教育がたいせつ。
・小児への目いっぱいの延命治療がある。長期間の集中治療で疲弊した臓器が必要なのか。
・海外へ行く子どもの実態調査をすべき。その家族の声もきくべき。
・臓器移植と脳死判定は別物。
・脳死判定以前に小児の救急体制が不十分。移植を受けた子どものサポート態勢も不十分。
・子どもの親、子ども自身からもっと意見を聞くべき。
・小児の脳死移植をひろく一般に問いかける、さらに子ども自身にもアンケートをとる。
・生物学的な死と子どもの社会的存在の死は異なる。
・ドナーカードをもっていると救命すべき子どもと認められず、ドナーとして見られる危険性あり。高知の場合はすべての手だてが行われたのか。
・親の了解だけで子どもの移植が可能はさけるべき。小児科医の中でも討論も必要。
・小児の脳死は成人とは異なる。脳の可塑性もある。成人同様の取り扱いは絶対反対。
・公正な判定と移植が必要。このごろ情報公開を拒否する傾向は危険な徴候。
・小学校や中学校へ出向き、子ども達の意見を聞いたらどうだろう。
・アメリカをはじめとした海外で何故他国の患者に移植しなければならないかという討論がある。
・移植を必要としない難病の親や宗教、弁護士などと討論必要。
・脳死が本当に死なのか?小児の虐待がふえていることも気になる。
・脳死が実際存在するのか?脳波検査は実にいい加減である。脳波に頼った判定は問題がある。

3) 考察
会員数に対して、回答があまりにもすくないので、十分な比較はできないが、あえて代議員アンケート結果と比較する。

主な相違点は以下の通り。
[1]回答年齢が代議員アンケートよりも10年以上若い層であった。殆ど男性の意見に対して、1/4が女性の意見であった。
[2]専門性や所属は大きな差はないが、近畿地方都市部の回答が多かった。
[3]脳死を死とみとめるかは、70%が容認であり、代議員の80%と差があり、同様に小児の脳死からの移植の必要性の質問でも代議員が73%に対して63%と同じ差がでた。これは同じ小児科医でも年齢により意見が異なる可能性を示唆し、代議員層より若い層の方がより脳死による臓器提供に慎重である可能性も伺えた。
[4]町野案への意見でも、反対が65%で、代議員の50%とは大きな差が見られた。賛成は21%対34%であった。
[5]意見表明可能年齢でも、代議員の結果は13歳以上から低年齢の選択肢へ順に減少したが、アンケート結果は13歳以上と6歳未満がほぼ同率であり、6歳未満で可能とする回答が多くみられた。

質問2と質問7の今後の学会での検討や意見を述べたりする事への支持は両者とも90%を超えていた。この点は、代議員アンケート結果と同様であり、今後の小児科学会での取り組みを期待するものであった。

 

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