ガイドライン・提言

 

(登録:2005.04.01)

 

現行法における小児脳死臓器移植に関する見解

日本小児科学会(会長 衞藤義勝)
小児脳死臓器移植基盤整備ワーキング委員会
加藤高志、掛江直子、田辺功、杉本健郎、田中英高、橘高通泰、谷澤隆邦、
太田孝男(学会担当理事)、高田五郎(学会担当理事)、清野佳紀(委員長)

1 小児脳死臓器移植を治療法として評価する。現行法において小児の脳死臓器移植がなされる場合には、成人と同様に自己決定の原則に基づき臓器提供がなされるべきである。
2 疾病を有したり友人の死に接するなどして「生命」について考える機会を得た小児であれば、15歳未満であっても脳死臓器移植についての自己決定をなし得る。その自己決定を尊重することが、ドナーとなることを希望する小児の意見表明権を尊重することになり、また移植を待つ小児の利益にも資する。
3 小児が脳死や臓器移植について正確に理解したうえで、自由な意思に基づきドナーとなる旨の自己決定をなし得るよう、学校内外での教育・講習・小児の自由意思を確認するシステムを検討すべきである。
                                      


はじめに

我々日本小児科学会は、日常的に小児医療に携わる者として、小児であるレシピエントならびにドナーの双方に日常的に接している。それゆえ、小児の権利を擁護する立場から、現行法に基づいて小児脳死臓器移植を適正に進める為、次のとおり意見を述べる。


第1 小児脳死臓器移植の評価

我々は、昨年4月26日に表明した「提言:小児脳死臓器移植はどうあるべきか」において述べたとおり、小児脳死臓器移植を積極的に評価し、わが国においても、小児脳死臓器移植が適切に進められることを望むものである。
しかし同時に我々は、現行臓器移植法が、脳死を死と認める者が社会の半数程度であった法律制定当時の状況を踏まえ、脳死を死であると考えて脳死状態に至ったなら臓器を他人に提供したいと思う者の意思(自己決定)は尊重されるべきだという理念に基づき制定されたという事実を重く受け止めている。それゆえ小児の意見表明権の尊重と適正な小児の臓器移植のあり方について検討を続けるとともに、児童虐待の増加といった今日の社会状況を重視し、ドナーとなる小児の人権が適切に保障される体制整備を進めるべきだと考える。


第2 自己決定年齢について

現行の取扱いが、脳死段階での臓器提供の自己決定をなし得る者を15歳以上であると画一的に判断している点については、再検討すべきだと考える。疾病を有したり、友人の死に接するなどして「生命」について考える機会を得た小児においては、15歳未満であっても、「死」について正確な理解があり、また臓器を他者に提供することの意義や「脳死」についても真摯に考えている場合が多い。他方、15歳以上の者であれば未成年者であっても、常に当該問題について十分自己決定をなし得るという考え方は「フィクション」であり、「脳死」「臓器移植」に対する理解の程度は人によって様々である。
それゆえ、我々は、次項で述べるとおり、脳死や臓器移植についての理解(それは、脳死臓器移植について指摘されている問題点を含めての理解をさす)を図るため学校内外で教育を行い、ドナーカードへの署名の前の講習や当該小児の自由意思を確認する必要があると考える。それらが満たされるのであれば、臓器提供を決定できる年齢を15歳以上とする必要はなく、少なくとも中学校に入学した後の児童(12歳以上)が意見を表明した場合には、その意思を尊重しなければならない。


第3 未成年者の自己決定権を尊重するための要件

 未成年者が適正に自己決定をなす為には、脳死臓器移植についての適切な教育と、自由意思の確認システムが必要である。

1 教育システムの必要性
   成人であれば自ら必要な情報を入手し、それに基づき脳死臓器移植のドナーとなる旨決定することは可能である。しかし、未成年者については、必ずしもそうではない。したがって、脳死・脳死臓器移植に関する適切な情報を提供する為、中等・高等教育の中で、死や臓器移植についての教育を行うべきである。またドナーカードに署名する前に脳死臓器移植に関する講習会(臓器移植ネットワークや日本小児科学会などが協力して提供することが望ましい)を受講させるなど、未成年者の自己決定について特段の配慮を払うべきである。
   なお、上記教育(死・臓器移植に関する情報)の内容は抽象的なものでは足りず、脳死については、身体は温かいなどの身体的状況の事実も含めて説明すべきであるし、臓器摘出については具体的にどのようになされるものなのかを説明する必要があると考える。

2 自由意思の確認
   学校教育において必要な情報提供を受け、脳死臓器移植に関する講習会を受講し、ドナーカードに署名をする選択を未成年者が行なった場合には、必ず自由意思によってドナーカードへの署名を希望している点を事前に確認する必要がある。
これは、学校教育という集団の中で判断を焦り、十分に理解をしていないにも拘らずドナーになる旨の判断してしまったり、周囲の意向に流されてドナーとなる旨を希望する可能性を否定できないからである。


第4  そのほか

 1 虐待隠蔽の防止
近時児童虐待が増加しており、小児科医にとっても、当該傷害が虐待によるものか事故によるものかの判別が容易にはつかないケースが多くなっている。そうであるなら、虐待を行った親自身が、当該小児がドナーとなることを希望していた(希望していたと推測される)と説明したり、当該小児の臓器摘出に同意・承諾するという事態が生じることも予測される。
したがって、第三者によるドナーの適切性の判断システムを構築することが不可欠である。この第三者による適切性の判断については、少なくとも小児科の専門医が立会い、小児ドナー候補者の身体的状態のチェック(虐待がなかったことの確認)を行なうことなどが求められる。これらの虐待隠蔽の防止に関しては、別稿にて具体的に提言する予定である。

2 小児レシピエントへの優先措置
小児ドナーから提供された臓器については、医学的適応が明確に否定される場合を除き、でき得る限り、小児レシピエントに対し優先的に移植されるべきである。小児ドナーの臓器が、成人ドナーによる提供臓器の不足を補うために利用されるのではなく、小児ドナーの臓器しか医学的に適応でない小児レシピエントのため優先的に用いられるという特段の配慮が必要である。

3 12歳未満の未成年者の意見表明権について
我々は、小児医療現場での経験から、12歳未満の未成年者であっても、適切な情報提供を行なうことにより、自らの状況を正確に理解し、意見を表明することが可能であると考える。また、わが国が1994年に批准した「子どもの権利条約」第12条に示されている「意見表明権」に鑑みれば、12歳未満の未成年者についても意見を表明する権利が認められているのであって、その意見をどのように尊重するか(当該小児の「脳死段階での臓器提供」意思を尊重し、親権者が承諾することで臓器摘出を認めるべきか)については今後も検討を続けていくべきだと考える。


以上述べたとおり、日本小児科学会は、小児脳死臓器移植を必要かつ正当な医療行為として評価する。同時に、脳死・脳死臓器移植に対する国民の理解を得ることが重要であると認識している。特に、未成年者に対する脳死、臓器移植の理解を深め、そのなかで適切に自己決定を行なっていくための基盤を整備し、その善意を尊重するための努力を続けていく必要があると考える。

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