ガイドライン・提言

小児脳死臓器移植基盤整備ワーキング委員会報告:小児脳死の実態と診断についての全国医師アンケート結果(2004年)

日本小児科学会小児脳死臓器移植基盤整備ワーキング委員会第三分科会:日本小児神経学会小児脳死診断基準検証会議
杉本健郎(第三分科会長)、飯沼一宇(議長)、二瓶健次、阪井裕一、大野耕策、冨田 豊、高田五郎(担当理事)、太田孝男(担当理事)谷澤隆邦(副委員長)、清野佳紀(委員長)

抄録
 2004年2月から5月にかけて、全国小児脳死(疑い含む、15歳未満)症例について日本小児科学会研修指定病院467施設と救命救急センター170施設を対象に郵送でアンケート調査を行った。
 一次アンケートでは、1999年5月以降の4年半の間に、15歳未満脳死(疑い例含む)は163例(75施設)であった。少なくとも年間40~50例の小児脳死(疑い含む)例の発生が報告された。
 脳死(疑い含む)原因病名として虐待は乳幼児8例、不明死は11例あった。
 第二次アンケートは第一次163例を経験した施設の回答医師に郵送で調査し、74例(45%)の回答を得た。二次調査対象施設回収率は、36施設(49%)であった。
 脳幹反射を診断基準通りすべて(7つ)を実施した症例は23例(31%)であった。
 脳波記録は59例(80%)で実施されたが、5倍に感度を上げたのは35例(47%)であった。全例病室での記録で、アーチファクト混入が9例で記載された。
 無呼吸テストは11例(15%)で実施されたが、全身状態悪化のため、4例は途中で中止し、最後の血液ガスまで記載があったのは4例(うち1例はpCO2のみ)であった。
 脳幹反射実施、脳波記録、無呼吸テストを重ねると、脳幹反射をすべて実施の23例中、感度をあげての脳波記録は13例、うち無呼吸テスト実施は6例で実施された。すなわち、脳幹反射と脳波記録まで診断基準に沿って厳密におこなった臨床的脳死診断は13例(18%)で、無呼吸テストまでとすると6例(8%)と極めて少数症例であった。
 厳密な脳死診断(一部で判定)をしたのが少数例であった。年齢内訳は、6か月児例を含む6歳未満が8例で、それ以上が5例であった。経験施設は5施設(小児科3,救命センター2)であった。13例については呼吸回復や脳死状態と矛盾する結果はなかった。13例では診断基準は妥当であった
 少数例であった主な理由は、「家族への終末医療の対応によって、あえて診断や判定を行わなかった」との内容が記載されていた。第一回から第二回判定を行ったのが32例(43%)にすぎず、最近の4年半の時期には、医療現場では厳密な脳死診断をあえて行っていない現状が確認された。
 脳死診断/判定には、主治医以外の専門医としての立ち会いは、小児神経科医が23例(全例小児科施設)、麻酔科医8例、脳外科医7例(全例救命施設)、ほか4例であった。
 今回の調査では厳密な脳死診断は極めて少ないという結果であったが、主治医が脳死状態(疑い含む)としてから心停止まで30日以上かかった症例・長期脳死例は、18例(24%)存在した。

1.経過

 子どもの脳死・移植については現在社会的に広く討論されている。日本小児科学会でも倫理委員会を主に3年来取り組んで来た。2003年6月下旬の小児科学会理事会記者会見による日本小児科学会の提言を受けて、11月28日「日本小児科学会脳死臓器移植基盤整備ワーキング委員会」が発足した。その主旨は日本小児科学会小児脳死臓器移植検討委員会(委員長・谷澤隆邦教授)の提言(日児誌2003;107:954-8)内容を具体化していくものである。
 1)小児の自己決定を尊重するために、2)被虐待児脳死例を排除するための方策、3)小児脳死判定基準の検証、上記3点のうち1)は清野佳紀岡山大名誉教授,2)は谷澤隆邦兵庫医大教授、が座長で1月から基盤整備委員会ワーキングで開始された。3)の判定基準は、より専門性が高いために、日本小児科学会の分科会であり、専門学会である日本小児神経学会でワーキングチームを作ることになり、2003年12月小児神経学会理事会でワーキングチームを作ることを承認し検討を開始した。

2.小児脳死の実態と診断についての小児神経学会小児脳死診断基準検証会議
 議長・飯沼一宇(小児神経学会理事長・東北大学小児科教授)、大野耕策(鳥取大学脳神経小児科教授・小児神経学会理事・倫理委員長)、二塀健次(国立成育センター神経科医長)、阪井裕一(国立成育センター救急診療科医長)、冨田 豊(鳥取大学保健学科教授)、事務局担当 杉本健郎(小児神経学会理事・小児科学会倫理委員会委員・現第二びわこ学園)、事務支援として中村彰利(関西医大男山病院小児科部長)の構成である。
 目的は、1)我が国での2000年以降の小児脳死の現状を把握する、2)1985年1)、2000年2)の脳死判定基準の小児への適応の検証、3)長期脳死・慢性脳死を含めた小児脳死の文献的検討で、上記、3項目の検討により、専門家としての社会的使命として、小児脳死の実態と診断についての情報公開を行うことにある。
 目的の1)、2)については2月下旬回答期限として郵送による全国アンケート調査を行った。今回はその第一次および後述する第二次アンケート結果を報告する。

3.一次アンケートの内容と主な結果
 アンケート回答は矢印(→)で記入した。
1)施設名( )回答医師名前( )E-mailアドレス( )
→小児科学会研修指定病院(以下小児施設と略す)467施設と救命救急センター(以下救命施設と略す)170施設へ郵送し、それぞれ238(51%)、53(31%)、あわせて291(45.7%)施設から回答を得た。
2)これまでに小児(15歳未満・6歳未満も含む)の脳死状態症例(1985年厚生省脳死判定基準を参考にして)を経験されたことがありますか。(ある ない) 
3)「ある」場合、お聞きします。(経験年度の限定はしません)
   脳死臨床診断症例数 ( )
  例、 経験された年(複数の場合はそれぞれ列記下さい)
   あえて診断していないが、脳死と疑われた症例数(  )
  例、 経験された年( )
→経験年を限定しないで小児脳死をこれまで経験した施設数は130(44.7%)で小児施設97、救命施設33であった。(1999年5月以前の6歳未満症例はすでに報告されている2)。) 
4)上記症例のうち1999年5月以降の脳死経験例(脳死と疑われた例を含む)は、
  (   )例、これらの症例につき、以下に二次調査のための情報をお願いします。
  症例1(貴施設の認識番号で結構です・特定できるIDなどは書かないでください)
    西暦年度(  年)、年齢、性別、原因疾患
→該当症例数 163例(75施設)、年齢:乳児以下32例、1歳~5歳79例、6歳~15歳未満52例、
→経験年:2000年29例、2001年28例、2002年42例、2003年53例(一部1999、2004年)
→主な原因疾患:脳炎・脳症、脳腫瘍、脳出血、髄膜炎など:81例、頭部外傷:31例、溺水17、窒息15、虐待8(乳児4、幼児4)、不明11

4.第二アンケート内容と結果
 今回の二次アンケートは検証会議目的の2)についての検討で、1999年5月以降の症例が対象である。特に6歳以下の症例では2000年小児脳死判定基準の検証が大きな目的であるが、同時に診断(判定)前後の医療上の課題についての質問も含んだ。2004年5月下旬を回答期限とし郵送でアンケートをした。
 1).貴施設認識NO. ( ) (M, F) 入院時年齢(  )、原疾患(  )
 →対象163例の第一次アンケート回答医に依頼し、74例(45%)の回答を得た。対象施設別では、小児施設27例(52%)、救命施設9例(41%)で、全体として36施設(49%)の回収率であった。入院時年齢は、乳児13例、1~5歳32例、6歳~14歳27例、(不明2)であった。
2).脳死診断の目的
 (選択肢・重複回答):医学的診断(→37例)、家族への状態説明(→51例)、その他(→3)
3).臨床脳死診断実施について
 診断医師(複数回答):主治医(→54例)、小児神経科専門医(→23例・すべて小児施設)、麻酔科医(→8例)、脳外科医(→7例・すべて救命施設)、その他(→6例)、診断していない(→5例)
・第一回診断は、貴施設入院後(→当日:2例、1~7日:44例、8~29:9例、30~4月:2例)
・第二回診断は、(実施→32例)第一回診断後(→7時間:1例、24時間:6例、2~7日:13例、8~29:9例、1~1.5月:3例)
・臨床診断時、保護者の立ち会いはありましたか・あった→8例(すべて小児施設)
                       なかった→47例
・貴施設では脳死診断を他の委員会でも確認しましたか
(した→1例・倫理委員会)
(していない→57例)
4).原疾患について
・診断は容易であった(→53例)
・診断まで(→6例・数時間~10日かかる)
・心停止まで診断確定できなかった(→6例)
・検死は(あった→3例)
5).臨床脳死診断、除外診断について(→結果割愛)
・診断時血圧 
・体温、深部体温、投与薬物
6).診断方法について (原則として6歳未満は2000年基準、6歳以上は1985年基準)
(1)瞳孔の大きさ(診断時)→3mm:1例, 4mm:6例, 5mm:9例, 6mm以上:33例
   左右差:あり→13例、偏位:あり→0、特に問題あれば→0
(2)脊髄反射 胸部以下の疼痛刺激等に対する反応は (ある→13例 ない→46例)
(2)脳幹反射について実施した反射に丸印を →7つすべて実施:23例、前庭以外6つ:10例、3~5つ実施:13例、2つ実施(対光と角膜):9例、1つ実施(対光):9例
(4)脳波記録について 実施→59例(すべて病室)  実施していない→11例
   記録者(設問説明が不備のため割愛)
   記録回数→1回:12例、2回:20例、3回以上:26例
   診断時記録持続時間と記録速度 (割愛)
   心電図同時記録した →50例
   2uV/mmで記録した→35例、その時間(割愛)
   単極記録 双極記録 導出数(割愛)
   刺激・呼名、顔面への刺激した→40例  していない→10例
   脳波記録で、なにか問題点がありましたか→(増幅記録9例にアーチファクト混入)
(5)無呼吸テスト・実施した→12例、
   していない→56例→理由:保護者希望せず 8例、必要感じない/しない 5例、臨床的診断の
   み 11例、状態悪かったので 21例
  a.無呼吸テストに使用した器具(選択肢)→(割愛)
  b.無呼吸テストに要した時間(割愛)
  c.血液ガスのデータ→以下の記入は3例
   無呼吸テスト開始前のpH( ),PaCO2 ( ),PaO2( )
   無呼吸テスト終了時のpH( ),PaCO2( ),PaO2( )
  d.問題点(→上記)
   無呼吸テストを最後まで実施したが、何か問題があった場合は具体的に:
   無呼吸テストを途中で中止した場合は、その理由:
   無呼吸テストを全く実施しなかった場合は、その理由:
(6)その他の補助検査について(実施検査に○印を。なにかコメントあれば)
   ABR、SSEP、CT、MRI、脳血管造影(IV-DSA、ダイナミックCT、SPECT、キセノンCT、超音波ドップラー)
   → ABR:3例、ABR+CT:38例、ABR+CT+MRI:3例、CT:17例、SPECT:4例、SSEP:2例 
  なにか問題点がありましたか(→特に記載なし) 
(7)診断方法について、総じて、なにか診断上難しい点や不明の点があればご教示下さい。
  (→特に記載なし )
7).臨床診断後治療について
 (1)脳死診断は一度だけで、心停止までの対応(以下の選択肢)
   1.薬物量や人工呼吸設定をゆっくりさげていく→5例
   2.その時点以上に薬物量や人工呼吸設定をあげない→21例
   3.薬物量や人工呼吸設定を必要に応じてあげる→21例
 (2)脳死診断後薬物補充 (あり→49例 ない→9例)
 (3)脳死診断後の「安定期」
  ・ 最終脳死診断(第一回、第二回)後、親の希望で呼吸循環の維持を止める方向にした。
   (はい→10例→4時間以内:2例、1~5日:4例、それ以上:4例
   いいえ→49例)
  ・最終脳死診断後死亡確認までの時間 (  )時間、日、月、年
  →24時間内:6例、1~7日:15例、8~14:6例、15~30日未満:6例、30日以上:13例
  ・→長期脳死例:6か月未満:7例が10例,6か月~1年未満:5例が7例,2年:1例
・現在なお管理中の症例→2例・9か月(刺激なしで両上肢挙上)と10か月目(在宅医療考慮中)
・なにか診断後の治療についてご意見あればご教示下さい。→脊髄反射に家族が希望をもつ。家族の気持ちの揺れに対応する一定の基準がほしい。
8).臨床脳死診断後症状
  ・なにか気になった症状(身長がのびる→4例、体の動き→4例)
  ・人工呼吸器をはずした時、ラザロ徴候(両側の手を胸の上であわせる・祈るような動作)
   がありましたか。(はい→0   いいえ→34例)

5.今後の課題と取り組み
1)小児脳死診断検証会議の主な目的は、15歳未満(1985年脳死判定基準)、特に6歳未満の2000年脳死判定基準の検証を行うことであった。しかし、上記の調査結果では、15歳未満の小児脳死症例数(疑い含む)は年間少なくとも40-50例はあると推測されたが、診療現場での脳死診断としては、脳幹反射の実施や脳波記録方法が不十分であった。そのなかで判定基準に沿った臨床的脳死診断が13例(5施設)あり、うち6例に無呼吸テストが実施されたが、3例のみが詳細に血液ガスまで記録されていた。今後の検証には診断基準にそった症例の蓄積が必要である。
2)30日以上心停止がない長期脳死症例が、24%存在したことは、主治医や専門医などの病院側チームは、長期脳死状態について患者家族および市民に十分説明する義務があり、今後長期脳死例にあたって、病状の十分な説明を基本として、家族としっかり向き合うべきである。なお、判定基準にそって診断が的確に行われた13例中4例が長期脳死例であった。
3)日本小児科学会の分科会日本小児神経学会では、以下のことを計画している。小児神経科専門医が約1000人いる。小児脳死診断は、深昏睡の状態診断として専門医の必須獲得項目である。今後の1年間、学会として、専門医による2000年脳死診断基準の推奨を行い、2005年5月の総会(熊本大学医学部発達小児科三池会長)までに前方視的アンケート調査(今回の二次調査用紙を用いて)を学会として実施し、あらためて1年後に2000年脳死判定基準に準じた詳しい実態を検証する。なお、今回の検討は、あくまで小児脳死の診断であって、それは重篤な病態の予後を判断することにある。臓器提供とは全く別の課題と認識して取り組む。
4)今後、日本小児神経学会では脳死診断/判定事例について、第3者委員会としての検証・検討委員会を独自に立ち上げる予定である。
 
 最後に、多忙の中、第一次、第二次アンケートにご協力頂いた先生方に深謝いたします。

文献
1)厚生省構成科学研究費特別研究事業、脳死に関する研究班、昭和59年度研究報告書.1985
2)厚生省“小児における脳死判定基準に関する研究班”平成11年度報告書.小児における脳
  死判定基準.日医師雑誌2000;124:1623ム1657.

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