ガイドライン・提言

 

 将来の小児科医を考える委員会は,その活動としてこれからの小児科医や学会,医療のあるべき姿について検討し,2016年に「将来の小児科医への提言2016」を報告しました.その後,2017年から2018年までにさらに議論を重ね,改訂を行ったものを「将来の小児科医への提言2018」としてここに報告いたします.広い範囲に及ぶ内容で,まだカバーしきれていない点,さらに深く議論すべき点もありますが学会員の皆様のご参考となれば幸いです.
 なお,文中にもありますとおり,この提言は理事会の承認を経て,学会ホームページ会員ページでパブリックコメントを募集したうえで作成いたしました.

日本小児科学会将来の小児科医を考える委員会委員長 小西恵理

将来の小児科医への提言2018(2016年版改訂)

日本小児科学会将来の小児科医を考える委員会

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2016年版の改訂の経緯

 将来の小児科医を考える委員会では,将来の小児科医を考えるべく,次世代を担う中堅医師を中心にそのあり方を検討してきた.2016年にはその議論を「将来の小児科医への提言2016」としてまとめ,会員によるパブリックコメントを経て理事会の承認を経て公表した.公表後も会員からさまざまなご意見を頂き,また委員会メンバーの変更も経て,「将来の小児科医への提言2016」を基盤に2年にわたり議論を深めてきた.骨子は同様であるが,若干の改訂が必要と判断し,「将来の小児科医への提言2018(2016 年版改訂)」としてここにまとめる.
 主な改訂点は以下の通りである.

1.コミュニティ小児科学
  ・コミュニティの養育機能についての具体的提示と多職種協働の重要性を強調
  ・健全な成育支援のために学童,思春期,青年期に至るまでの健全な成育支援のための継続的健診体制とワクチン実践
  ・子どもの健康にかかわる社会的問題への対応

2.学術研究
  ・初学者や若手小児科医にも研究をより身近に感じるような取り組みへの言及
  ・統計学など従来の医学領域で用いられてきた方法論に加え,質的研究の方法論の重要性

3.小児医療提供体制
  ・小児医療提供体制委員会からの報告書「小児保健・医療提供体制2.0」との重複を考慮
  ・今後の小児科医に求められる役割やリーダーシップの探求の必要性とその教育の観点からの提言

【2016年版作成メンバー】
日本小児科学会 将来の小児科医を考える委員会
担当理事:高橋孝雄
委 員 長:島袋林秀
副委員長:照屋秀樹
委  員:惠谷ゆり,神田祥一郎,小西恵理,阪下和美,武内俊樹,土畠智幸,中林洋介,福與なおみ
オブザーバー:森臨太郎

はじめに

 小児科医は子どもたちの総合医である.私たちは小児科医として,医療施設を訪れる子どもたちはもちろん,地域で育ちゆくすべての子どもたちが健やかに成長できるよう,主体的・創造的に活動することが求められる.少子化が進む中,小児医療の充実,子どもたちの健康,人権および福祉の向上をはかり,さらにこれらを社会に普及啓発するには,医療者のみならず多様な職種や役割を持つ人々との協働もますます重要となるであろう.
 小児医療の場が病棟から外来へ,さらには生活の場へ広がってきている.それは予防や治療が進んだ結果,感染症や喘息などが軽症化し,難治性疾患や慢性疾患の小児も生存・成長して在宅医療も可能となったためである.この疾病構造の変化は,これまで小児科医が様々な疾患に果敢に取り組んできた結果といえる.入院患者をはじめ小児患者が減少していることは,単に少子化の影響のためだけではなく,小児医療の進歩の結果でもある.生活の場におけるすべての子どもたちの健康や成長発達を支援する機会も今後はさらに増加し,これからの小児科医は,地域や家庭,保育や教育,さらには社会に視点を置いた医療を意識することが必要になる.
 研究面では,iPS細胞の開発や次世代シークエンサーの導入等により,多くの小児難治性疾患の研究が発展していくことが期待される.これまで治療困難であった疾患領域の予後がダイナミックに変化する様を目のあたりにできる可能性がある.臨床,基礎,それらを繋ぐトランスレーショナルリサーチのいずれにおいても「小児科学」が大きく飛躍するチャンスがきたといえる.一方,研究は特別な研究者だけのものでもない.臨床現場で生じたリサーチクエスチョンが研究につながることや,身近な生活の場から生まれた問いからpublic health への発展も期待される.
 少子超高齢社会という社会構造のみならず,疾病構造や小児科医自身の世代・時代による行動,気質なども大きく変化してきている.また,臨床現場やコミュニティにおいて期待される小児科医の役割も,社会の変化とともに変化していくであろう.私たち小児科医はこれからもすべての子どもたちのために活動する必要があり,その中では臨床現場のみならず,院内外における多職種との協働が必要なさまざまな場面で,リーダーシップを発揮することも期待される.そこで当委員会では,小児科学,小児医療・小児保健,小児科医の生涯教育に対して,これから私たちはどのように行動すべきか,議論してきたことをここに提言する.

小児科学のグランドデザイン

 まずは,いのちが多様であることと同じく,小児医療も多様であり,それを反映して,小児科学も多様に広がっていることを指摘したい.
 小児科医は,日々子どもたちを診療しているが,それは「子どもの病気」を診ていることではなく,広く「いのち」を,そしてそのはじまりからかかわっていることに改めて気づかされる.いのちにはさまざまなかたちがあり,このいのちの成長をいかに支えるのかを考え実践することがまさに小児科学である.
 いのちの成長には,医学領域だけではなく,その過程でさまざまな要素が関係する.そしてこの取り巻く環境にも視野を広げていきたい.目の前のいのちだけではなく,これを育む家庭や地域社会へ,疾患からpublic health へ,さらにはglobal health へと.
 小児科学は,人間の発生から関与し,小児期,思春期を通じて健全な青年へと育て,さらには次世代のいのちを支援するという連続的でもあり未来志向な学術分野である.これを出発点とし,社会に目を向ければ,教育分野や行政との協働・連携は想像に難くない.教育学,行動科学といった人文科学や,広く社会科学領域を含め,多様ないのちの成長という視点から,小児科学を医学的のみならず,社会的にも包括的に捉えなおす必要がある.

これからの小児科医への提言

 以下,「コミュニティ」「学術研究」「小児医療提供体制」の3つの課題について述べる.

1.コミュニティ小児科学

  提 言:地域へアウトリーチし,多職種協働によってコミュニティが持つ子どもたちの養育機能を向上させる

 テーマ:「コミュニティ小児科学」

 提 案:

1)「コミュニティ小児科学」の学術分野としての確立
  ・地域で生活する子どもたちや家族を支援するために次に挙げるコミュニティの養育機能を向上させる取り組みを体系化し,研究対象の一分野と位置付ける.
  ―多職種で慢性疾患の児,医療的ケア児等の地域生活を支援
  ―子どもたちの健康に関する啓発活動(睡眠,食育,事故防止,スポーツ医学,禁煙,性教育,いのちの授業等)を実践
 (担当組織・委員会;学術,こどもの生活環境改善,小児慢性疾病など.新たな委員会の設立も考慮)

2)健康な思春期,学童を含む子どもたちの成育を確認していく健診体制やワクチンの実践
  ・我が国に実情に即した新たな小児・思春期・青年期の健康支援の役割を構築する
  ・学童,思春期,青年期の健康支援にかかわることで,健全な青少年の育成と成人期医療や健康管理につなげる役割を積極的に果たす
 (担当組織・委員会:将来の小児科医を考える委員会,小児医療提供体制委員会など,新たな委員会の設立も考慮)

3)子どもたちの健康にかかわる社会的問題への対応
  ・健診貧困や虐待のリスクのある子どもたち,社会心理的な要因が関与する心身症などの子どもたちに対し,医療のみならず保育,教育,保健,福祉などの多職種が連携・協働し,地域で子どもたちを見守り養育する体制を構築

4)医学生・研修医・専攻医の教育にコミュニティ小児科学の取り入れ
  ・小児科医のキャリアの中で,生涯にわたり考え学び続ける必要のあるテーマ
  ・小児科医の活動分野として位置付けるために医学生教育や専門医制度への積極的な取り入れを図る
 (担当組織・委員会:生涯教育・専門医育成,中央資格認定,試験運営など)

 背 景:
 衛生状態の改善や医療技術の開発・発展等によって,20世紀から現在にかけて子どもたちの死亡率が著しく減少した.これからの私たちは,疾病治療から成長を支える医師へとなり,診療を受けた子どもたちが家庭,地域に戻り,そこで大人になっていくことを医療面から支援することも必要である.
 いままでも小児科医は健診などの保健活動を行ってきた.しかしながら,子どもたちに関わる課題は,家庭や保育,教育現場,さらには福祉施設を含む子どもたちの生活環境全ての場所で生じており,その内容も医療にとどまらない.貧困に代表されるような社会問題も,家庭での養育能力の低下や,子どもたちの治療コンプライアンスなどに直結する問題である.これらの問題に対しては,保育,教育,保健,福祉など子どもたちに関わる職種が連携して協働し,地域で子どもたちを見守り養育する体制を構築することが重要である.
 このため,小児科医は医療機関から一歩外に出て,多職種と協働することでコミュニティの養育機能を牽引していく役割を果たすことが,今後期待されていくと考えられる.そのために,小児科医が「コミュニティ小児科学」を学術分野として位置づけ,子どもたちのアドボカシー(代弁者,権利擁護者,政策提言者)となって,これまで以上に子どもたちの健やかな成育を意識し,支援することを提言する.

2.学術研究

 提 言:学問としての「小児科学」の興隆を目指す

 テーマ:「知的挑戦」

 提 案:

1)知的挑戦
  ・希少疾患をフロンティアと位置付け,小児科学のチャンスととらえる
  ・治験・産学共同研究への参加推進
 (担当組織・委員会:学術,薬事,生涯教育・専門医育成など)

2)主体性の刺激
  ・学生,研修医でも参加しやすい小規模プロジェクトの推進
  ・臨床研修中や臨床活動中での研究活動,論文執筆の奨励
  ・若手への研究紹介,研究公募の拡大
  ・国際学会出席や海外留学への補助拡充
 (担当組織・委員会:学術,薬事,生涯教育・専門医育成など)

3)日本からの「小児科学」のエビデンス発信
  ・日常の小児科診療に関わるエビデンスを日本から世界に向けて発信することで,わが国および世界の小児医療の質の向上に貢献する
 (担当組織・委員会:学術など)

 背 景:
 小児医療は日々進歩を続けている.その中心となって支えているのが「小児科学」である.「小児科学」は学問の一つであり,学問とは体系化された知識と方法のことである.一方で近年,診療がガイドラインを参照した「作業」となり,学問の意識が薄れつつある感もぬぐえない.
 学問を深く追及することは,すなわち研究である.研究は実験室で行うものと考えがちだがそれは正確ではない.勤務地に関わらず,疑問,興味のあるところ,全ての小児科医ができるはずのものである.研究を推進することは,各小児科医が疑問・興味を持つところからはじまり,「小児科学」という学問を追及したいという考え,リサーチマインドを持つことにつながる.このことは,小児科医自身の主体性の問題へと帰着する.研究を行った際の個人的な体験も共有し,初学者や若手小児科医が研究をより身近に感じるような取り組みも必要である.統計学など従来の医学領域で用いられてきた方法論に加え,質的研究の方法論を活用することも検討する必要がある.
 iPS細胞の発明や次世代シークエンサーの導入等によって,基礎研究と臨床研究を繋ぐトランスレーショナルリサーチがより身近になりつつある現在,希少疾患を扱う小児科学はフロンティア領域である.小児科の本領を発揮するチャンスである.この機に改めて体系化された学問としての「小児科学」を見直し,各人の主体性に期待し,リサーチマインドの向上を図り,知的挑戦を促すことで日本の「小児科学」の興隆を目指すところである.

3.小児医療提供体制

 提 言:「日本小児科学会はすべての小児科医と,子どもたちに関わるすべてのひとを応援します.」

 テーマ:「多様性と協働」

 提 案:

1)メッセージの発信
  ・「小児科医は子どもの総合医」というメッセージに引き続き,上記の提言メッセージを日本小児科学会から会員に向けた姿勢として明確化
  ・保護者や子どもたちに関わる仕事に携わる人々へのメッセージを発信
 (担当組織・委員会:理事会,広報など)

2)医療活動において
 ・小児科医相互の協働
  ―施設内:働き方
  ―地域・全国レベル:地方への医師の誘導
 ・中核病院と一般病院・診療所・訪問診療との連携
 ・小児科医と総合診療医などとの協働
 ・小児科学会と小児関連学会,および他学会との連携
 ・子どもたちに関わるすべてのひととの協働
 (担当組織・委員会:小児医療,小児医療提供体制など)

3)学会において
  ・把握:定期的な会員動向調査,会員交流・意見交換の場の設定
  ・運営:理事会・代議員の構成の再考
  ・共有:ホームページなどでの小児科医の多様な働き方の広報
 (担当組織・委員会:理事会,選挙管理,広報,男女共同参画など)

 背 景:
 ここ近年,日本小児科学会は,夜間・休日急病診療を念頭に「選択と集中」の概念のもとに地域診療体制を整備してきた.小児科医がカバーしきれない地域の存在や総合診療専門医等の増加から,小児科医以外が小児を診る機会も増えるだろう.今後は,地域レベルとともに,学会レベルでも各診療科との協働を考える必要がある.そこにまた,小児科医の新しい役割もあると考える.
 外部環境の変化と同様に,私たち小児科医自身も変化している.特に若い層での女性医師の増加により,近い将来,女性医師が半数を占めることになる.また小児科医の中でも世代間の気質の違いもあるかもしれない.今後は,働き方も,典型的な男性中心の画一的なものから,ワークライフバランスやライフステージに適った多様なものへと動いていくだろう.職務を円滑に進めるためには,女性医師に限らず働き方の多様性を認め,施設や地域内外の小児科医間で,その環境に合わせた連携を柔軟に行う必要がある.
 小児医療には職種,分野,性別など多様な背景をもった人々が関わっている.この多様性を把握,許容し,互いに交流・連携を深めることが,今後の小児科医の働きやすさ,安定した小児医療提供につながると考える.日本小児科学会が,会員はもちろん,小児に関わるすべての人々と協働して子どもたちを守る姿勢をより明確に発信することで,リーダーシップをとっていくことも期待したい.これに先立ち,今後の小児科医に求められる役割やリーダーシップの探求が必要になるだろう.そしてそれらに基づく次世代への明示的な教育が検討されることを希望する.

まとめ

 今回の提言は断定的なものではない.問題は多岐にわたっており,国際的,社会的,倫理的な課題など,なお視点を当てて議論を必要とする点が多く残されている.今後,当委員会に限らず,これらの議論が広がることを期待したい.
 日本小児科学会は,外部環境・内部環境の変化に対して変革を尊重する,しなやかで強い組織となって,子どもたちの未来を輝けるものにする責任がある.そのためには,私たち小児科医自身が主体性をもって,未来に向かって創造的である必要がある.
 最後に,当委員会から将来の小児科医に向けた8つのメッセージを示す.

将来の小児科医に向けた8つのメッセージ

私たち小児科医は,

1.いつでも,子どもたちの味方でいよう

2.子どもたちそれぞれに個性があり,多様であることを尊重しよう

3.子どもたちの現在,そして未来を育もう

4.子どもたちを通して,家族や社会を応援しよう

5.病院,診療所にとどまらず,外へも出ていこう

6.社会における役割を考え,子どもたちに関わるすべての人たちと協働しよう

7.リサーチマインドをもって,小児科学,さらに広く学問を追求していこう

8.子どもたちに関われる喜びを,広く社会に,そして次の世代に伝えよう

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