各種活動

 

(登録:2009.6.1)
新型インフルエンザにおける小児科診療に関する提言 
(ver. 1 0527)
平成21年5月27日
日本小児科学会

要旨

 今秋―冬の新型インフルエンザの蔓延、とくに予測される小児における感染拡大に対して小児科医は全力で取り組む必要があります。日本小児科学会は、常に情報を整理して時宜を得た提言を行い、わが国の小児科医の取り組みに対して出来る限り賛助していく所存です。その取り組みの要点として
1.小児新型インフルエンザの臨床像を把握する。 
2.今秋~冬の流行期の診療体制を、今のうちに準備していく必要がある。
具体的には、全ての小児科診療機関の参加を可能とする簡便な診断体制の確立、夜間診療体制の整備、重症例、中等度入院例、外来診療など地域における重症度による診療体制の整備、などがあげられます。 
3.これらの取り組みを可能とするのは、病院・診療所の枠を超えた小児科医の互いの協力体制の構築であると考えます。 

 

はじめに
 メキシコを発端として拡大した新型インフルエンザ(novel influenza A(H1N1))は、我が国においても、5月以降、関西地方を中心に感染が拡がり、関東地方にも感染者が発生しています。現在、我が国における新型インフルエンザの発生は、10代あるいはそれ以下の年令層が主体であり、まだ少数例ではありますが、0歳児を含む他の年齢層の患者も報告されています。一方、夏季を控え、感染は一旦下火になると予測されますが、その後、今秋―今冬には第2波として、再び大きな流行が起きることが懸念され、その時、全く免疫をもたない小児が流行の主体となってもおかしくありません。全国的な小児科医不足の只中、毎年、インフルエンザ流行期には小児医療は多忙を極めますが、季節性インフルエンザの流行と相俟って、新型インフルエンザの流行により従来をはるかに上回る混乱が生じることが考えられます。
 我が国におけるこうした事態に対応するため、日本小児科学会としては以下のように問題点を整理し提言を行いたいと思います。
 
1.現在の新型インフルエンザの状況
 メキシコで探知された新型インフルエンザの集団発生は、我が国においても、成田の検疫における発病者の確認、さらに5月中旬以降、関西の高校生から多数の発病者が見つかるなど、国内確定例は352人に達し(5月27日12時現在、厚生労働省)、世界の報告数は12,954人となるなど(5月26日世界標準時6時現在、WHO)拡大の一途を辿っています。ただし、5月下旬になり諸外国や日本などで、患者発生数の増加傾向が縮小となっているようにも見られます。関西各府県では休校措置の解除を決めた学校が大半となっており、今後再び増加するのか、このまま終息に向かうのか動向が注目されています。
 新型インフルエンザウイルスは、季節性インフルエンザと比べ、伝播力が強い可能性がある一方で、重症度は季節性インフルエンザをやや上回る程度との指摘があります。しかし小児、特に乳幼児での重症度については、現時点では症例数が少なく評価はできません。ただし、全年齢層でのWHO発表の確定例での致死率は、5月26日午後3時現在、メキシコを含む全世界で0.7%、各国100例以上の報告がある米国、カナダ、イギリス、スペイン、日本の5カ国で0.13%といずれも季節性インフルエンザの致死率(0.1%)を上回っており、また米国での入院率(9%、CDC)などを併せて考えると、必ずしも低病原性とは言えないとの考えもありますが、米国においては、医療機関を受診していない軽症例も存在することから、入院率は高く見積もられている可能性も否定できません。CDCによれば、レスピレーター管理などICU入院などを必要とした重症肺炎(主にウイルス性)も存在しています。また、基礎疾患を有する者や妊婦等では重症化あるいは死亡する例も報告されています。
 
2.新型インフルエンザの臨床症状
 国立感染症研究所感染症情報センターおよび大阪府による、大阪府内の新型インフルエンザ集団発生に対する疫学調査から得られた発病者の臨床像を示すと、府内の中高一貫校での新型インフルエンザ確定例64名(高校生59名、中学生2名、教職員3名、年齢中央値16歳)に対する調査では、38℃以上の発熱は82.8%、咳81.0%、熱感・悪寒・38℃未満の発熱71.2%、咽頭痛65.1%、鼻汁・鼻閉60.3%、全身倦怠感58.1%、頭痛50.0%、関節痛32.3%、筋肉痛17.7%、下痢12.9%、腹痛10.3%、嘔吐6.5%、結膜炎4.8%であり、発熱および急性呼吸器症状のうち咳、熱感・悪寒の割合は比較的高くみられました。また、ほとんどすべての症例が季節性インフルエンザに類似した臨床像を呈しており、重篤な状態となった症例はありませんでした。一方、インフルエンザの典型的な症状である突然の高熱で発症する例が多いものの、急性呼吸器症状や嘔吐等の症状が先行し、数日後に38℃以上の高熱を認める例も見られました。また、人数は5名と少ないものの、府内の小学校での集団発生(6年生4名、3年生1名)に対する調査では、咳、発熱、熱感・悪寒は全員が経験していました。全身倦怠感は80%、頭痛80%、咽頭痛、鼻汁・鼻閉、関節痛はそれぞれ60%に認められました。下痢、腹痛、嘔吐等の消化器症状は認められませんでした。また、2名は急性呼吸器症状が数日間先行した後に38℃以上の高熱を呈していました。以上、中学・高等学校の64名、小学校の5名の計69名は全て臨床的に入院を要するとは評価されず、抗インフルエンザウイルス薬の投与後比較的速やかに諸症状の改善がみられていました。
 一方、WHOのまとめた諸外国の調査では、5月5日現在、米国の41の州から合計642人の検査確定症例が報告されています(NEJM.org)。確定症例の間で、約50%は男性で年齢の中央値は20歳(範囲3か月から81歳)であり、399人の確定例のうち36人(9%)は入院となりました(2009年5月7日NEJM.org)。入院患者22人のうち、12人は慢性疾患、妊娠または5歳未満児といった、季節性インフルエンザの合併症リスクと同じリスク要因がありました(2009年5月7日NEJM.org)。入院の主な理由は重症呼吸器疾患でした。現在のところH1N1ウイルスの全てはアマンタジンおよびリマンタジンに耐性を示していますが、ノイラミニダーゼ阻害剤のオセルタミビル及びザナミビルに対する耐性遺伝子は認められていません。
 小児、特に幼児のインフルエンザはしばしば重篤となるため、CDCでは5歳未満の乳幼児は入院率の高まるハイリスクグループとされています。我が国においては、さらにインフルエンザ脳症など重篤な合併症が報告されるなど、季節性インフルエンザにおいても重症化のリスクは高いことが知られています。厚生省(2001年より厚生労働省)人口動態調査1998年では、1997-98年シーズンのインフルエンザによる死亡は、1-4歳ですべての死亡原因の第6位となっていました。今回の新型インフルエンザでは、乳幼児の臨床症状はまだ不明です。早期の対策に向け、この臨床像の解明を急がなくてはなりません。
 
3.今後の、特に今秋―今冬の流行予測
 これまでの新型インフルエンザの歴史からみると、多くは複数回、主に2回の流行の波を起こしています。すなわち、現在(5月27日)関西を含め、新規患者報告数が減少していますが、今秋―今冬において、再びより大きなアウトブレイクが起きる可能性が非常に高いと思われます。一部の年齢層(1957年生以前)では、交差免疫の存在が米国において示唆されています(CDC, MMWR, 58, No.19, 521-524, 2009)が、我が国での成績はまだ無く、地域による過去の小流行の差で、日本が同様である確証はありません。流行の規模は、今シーズン、国民の約1/4が感染するとすれば、約3,000万人となり、季節性インフルエンザと同じ致死率0.1%としても、約3万人の死亡が予測されます。以上から、とくに乳幼児での感染者と重症例の著増が危惧されるところです。すなわち、季節性インフルエンザの数倍の小児患者の発生を想定しなくてはなりません。
 
4.上記における対策
A.一般診療における問題と対策
 現在、「発熱相談窓口、および発熱外来」が各都道府県単位で設定されています。この措置は地域における新型インフルエンザ発生初期には感染拡大防止に有効な側面もありますが、多くの感染者が発生する「蔓延期」においては機能せず、むしろ一般の小児科診療を阻害する面が多いと考えられます。その理由として、以下の点が上げられます。
 
1.そもそも小児科の外来は種々の原因による発熱患者が多い。 
2.迅速診断キットによっても新型と季節性インフルエンザを鑑別することができない。 
3.迅速診断キットは、RT-PCR法やリアルタイムRT-PCR法等と比較すると、感度に差があり、検体の採取部位や、発病からの時期により、陽性率に違いがあることから、陰性であっても、必ずしも新型インフルエンザを否定できない。 
4.季節性インフルエンザ流行期では、小児科診療とくに夜間診療は来院患者が多く、困難を極めており、新型インフルエンザの流行期に両者を区別して診療するのは事実上不可能である。 
 
 以上の理由から、通常の何倍もの患児が受診することが予測される今秋―今冬においては、季節性インフルエンザと新型インフルエンザを小児科診療上区別することは困難であり、可能な限り早期に、両者の診療上の区別を取り除く必要があります。
 
具体的対策として:
 
1.新型インフルエンザの小児の診療では、できるだけ早期に「新型」「季節性」インフルエンザの区別を無くし、通常のインフルエンザ流行期の診療体制を維持する。「新型」「季節性」ともに、インフルエンザの感染予防策の重要性についてはさらに啓発をすすめる。 
 
2.多数の小児罹患者が予測されるため、すべての小児科診療施設が「新型」インフルエンザ診療に参加できるような体制とする。
 
3.地域ごとに、診療所・病院での新型を含むインフルエンザ疑い症例の診療時間・診療場所の区別を実施し、重症例・要入院症例・外来診療対応例など重症度に応じたトリアージを行い、診療施設により対応を分ける。
 
4.時間外診療においては、地域で協力体制を確立する。(現在、日本小児科学会で進めている地域における診療体制の整備のための機構を利用する) 
 
などについて、今から各地域の実情にあわせて、小児科医を中心として議論を深めて、実施可能な状態にしておくことが必要です。
 
B.夜間救急における問題点と対策
 新型インフルエンザの蔓延期では、小児夜間救急外来への患者の集中が予測されます。日本小児科学会として、昼間の診療時間帯への患者の誘導が必須と考えます、また、夜間診療では、現在、多くの地域で確立している小児夜間時間外診療体制へ、全ての小児科医が何らかの形で協力していく必要性を強調したいと思います。
 
C.小児重症患者診療上の注意点
 我が国において、インフルエンザの合併症として、インフルエンザ脳症、重症肺炎、けいれん重積、多臓器不全、基礎疾患の悪化などが報告されてきました。新型インフルエンザでは、仮に重症度が季節性インフルエンザと同等だとしても、従来に比べて、患者数の増加に伴いこれらの重症患者も増加する可能性があります。各地域において、合併症を併発した小児重症患者の診療体制の確立は急務です。具体的には、(1)重症患者診療施設、(2)肺炎・脱水などの入院に対応する施設、(3)入院は扱わず外来診療を中心にする施設などの機能分担を、地域ごとにあらかじめ決めておく必要があります。
 
D.その他の重要な対策
 前述のように、世界的に見ても小児、とくに乳幼児の臨床像は明らかではありません。一方、我が国のインフルエンザ診断体制は、おそらく世界でもトップレベルであり、これを利用して、できるだけ早期に新型インフルエンザの小児の臨床的特徴を明らかにすることが重要です。入院例や重症例では、とくにRT-PCR法やリアルタイムRT-PCR法等による新型インフルエンザの迅速な鑑別診断が必須と考えます。この具体的方法については、今後、国立感染症研究所感染症情報センターと相談して、早急に準備していきたいと思います。
 
5.新型インフルエンザの治療
 小児科における新型インフルエンザの治療は、季節性インフルエンザに準ずるものです。10代の新型インフルエンザ患者へのオセルタミビルの使用について、季節性インフルエンザに対する使用における異常行動との関連で出されていた使用制限は、現時点でも継続されています。1歳未満を含め、治療の有益性が危険性を上回ると判断された場合、患者・両親の承諾の下、使用することは可能です。今後、新型インフルエンザの小児での重症度が明らかになった時、抗インフルエンザ薬の使用方法については日本小児科学会としてあらためて検討したいと思います。なお、今回の新型インフルエンザの流行に際して、大阪府では、厚生労働省の通知(平成21年5月3日付け「新型インフルエンザの診療等に関する情報について」)に従い、予防投薬が実施されています。薬剤については、オセルタミビルカプセルあるいはザナミビルを、原則として保健所が直接、濃厚接触者に処方しています。但し、10代の濃厚接触者については、ザナミビルが第一優先で勧められています。4歳以下の濃厚接触者については、具体的な経験が少なく、現時点では、厚生労働省に確認の上で医師の判断により自費診療でオセルタミビルドライシロップが処方されている事例はありますが、今後の対応については未定と聞いています。こうした点は早急に現状を明らかにして、日本小児科学会として要望を出していきたいと思います。
 
おわりに
 日本小児科学会は新型インフルエンザの問題に関して会員からのご意見・コメントをお待ちしています。また、今回の提言は、今後の新たなエビデンスの蓄積などにより、内容をより具体的なものに、また最新のものに変更していきたいと思います。先生方のご協力をあらためてお願いする次第です。
 
附記
 新型インフルエンザ対策に関する情報が、以下の国立感染症研究所感染症情報センター、日本病院薬剤師会、CDCのサイトで閲覧できます。
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/index.html
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009idsc/antiviral2.html
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009cdc/CDC_children_treatment.html
http://www.jshp.or.jp/
http://www.cdc.gov/h1n1flu/breastfeeding.htm
 

ページの先頭へ戻る