公益社団法人 日本小児科学会 JAPAN PEDIATRIC SOCIETY

シンポジウム2

「学校での心臓突然死ゼロを目指して」

座長   武田 聡  東京慈恵会医科大学 救急医学講座
座長   太田 邦雄  金沢大学医薬保健研究域 小児科学講座
シンポジウム趣旨

シンポジウム演題

S2-1 学校突然死ゼロを目指して
               武田  聡  東京慈恵会医科大学 救急医学

S2-2 学校における心停止の疫学:若年成人との対比も含めて
               三谷 義英  三重大学 小児科

S2-3 学校における救急体制 BLS教育とAED
               漢那 朝雄  聖マリア病院 麻酔科集中治療部

S2-4 Bystander CPRの適切な開始と、市民の善意が護られる為に
               畑中 哲生  救急救命九州研修所

シンポジウムの趣旨:

 朝、元気に「行って来ます」と手を振って登校して行った姿が、子ども達の最期の姿になることほど両親にとって残酷なことはない。また児童生徒の学校での突然死は多くはないが、両親、家族、級友のみならず、学校や地域社会に与える影響も甚大である。これまでその実態は十分明らかにされてはこなかった。しかしここ10年急速に関心が持たれるようになり、学校管理下での心停止の疫学や救命例も報告され、各地域や種々の団体での救命率向上のための取り組みも活発になって来た。

 2008年から2013年の6年間を見ると、学校管理下での児童生徒10万人あたり年間心停止発生数は0.24〜0.39人、死亡数は年間10万人あたり0.1〜0.17人(12〜30件)で推移し、救命率は55%以上、特に最近2年間は70%を超えていた(独立行政法人日本スポーツ振興センター・学校管理下の死亡・障害事例と事故防止の留意点 平成22−26年度)。その他の状況にくらべて救命率が高いのは、学校関係者の懸命な努力によって維持されている学校救急体制であることは間違いない。そしてそれと密接に関連すると思われる学校心臓検診による心停止ハイリスク群の抽出と管理も理由の一つと考えられるが、突然死の原因疾患には肥大型心筋症、QT延長症候群など学校心臓検診で抽出できる疾患のほか、冠動脈起始異常や特発性心室細動など抽出が困難な疾患もあり、ハイリスク群の管理とともに、学校救急体制の一層の充実が求められる。さらに原因不明例は少なくなく、遺伝子検索を組み合わせるなど一層の死因解明が必要であり、学校心臓検診へのフィードバックも期待される。

 さらにその学校での救急対応体制についても、AEDの管理運用のみならず学校におけるBLS教育など各論において課題は山積している。またJRC蘇生ガイドライン2015では、心停止判断の際に呼吸の有無が「わからない」場合にも胸骨圧迫を開始するよう改訂されたが、市民がCPRを開始するタイミングは難しく、様々な報道にも繋がっている。これらは、子どもの生活の場である学校や家庭内での心停止事象では重要な問題であり、非医療従事者が子ども達に対しても、バイスタンダーCPRを如何に適切に開始できるか、あらためて議論が必要な時期である。

 学校現場での心肺停止は目撃される可能性が高く、敷地内にAEDがあって、学校関係者の迅速な対応が可能であることからさらなる救命率の向上が期待されるし、成し遂げなければならない。国内外で「Kids Save Lives」キャンペーンが提唱されて、「わが国の“未来”を護る」ために全ての子ども達にもバイスタンダーになってもらいたいと社会が希望する時、まずわたし達がしなければならないことは、なんとしてでもこの子ども達の命を守るという決意と行動を示す事である。“学校での突然死ゼロ”はここに会する全ての関係者に与えられた責務であるとの立場に立って、さまざまな角度から議論を深めたい。

S2-1 学校突然死ゼロを目指して

武田  聡  東京慈恵会医科大学 救急医学

 近年学校へのAED設置が普及して、学校での生徒の心停止から救命される事例が増えつつある。その一方で、AEDが設置されていたにも拘わらずそれが適切に使われず、わが国の“未来”を担うべき大切な命が失われた事例も少なくない。
 2011年さいたま市の当時小学6 年生だった桐田明日香さんが長距離走の直後に倒れ、学校に設置されていたAEDが使われることがないまま死亡するという痛ましい事故があり、その反省からさいたま市教育委員会とご遺族によって「体育活動時等における事故対応テキスト:ASUKAモデル」が作成されたことはご存知の方も多いかと思う。この中では心停止判断時の呼吸の有無の判断の難しさを指摘して、「判断に迷ったり分からなければ直ちに胸骨圧迫を開始すべき」と提言した。日本蘇生協議会(JRC)でも「JRC蘇生ガイドライン2015」を策定するにあたり、BLSの中でこの「ASUKAモデル」を採用している。この流れは2015年11月に発表されたアジア蘇生協議会(RCA)の「RCA Adult BLS
Algorithm」にも採用された。しかし2017年にはまた学校で桐田明日香さんの事例と同じような事例が起こり、「ASUKAモデル」の周知や学校現場でのいろいろな難しい課題も明らかになってきている。
 今回は「学校突然死ゼロに向けて」として、シンポジストの先生方はもちろん、会場にご参加の皆さんともご一緒にさまざまな面からその実現に向けた議論をさせていただき、2020年の「蘇生ガイドライン2020」に繋げていきたい。

S2-2 学校における心停止の疫学:若年成人との対比も含めて

三谷 義英  三重大学 小児科

【緒 言】日本で、2004年7 月から非医療従事者である一般市民によるAEDの使用が認可され、学校の院外心停止の救命例が相次いで報告された。2005年に全国レベルの総務省消防庁による救急搬送された院外心停止例の悉皆登録(ウツタイン登録)が開始され、小児循環器学会の修練施設の登録研究も進んだ。
 今回、児童、生徒の心原性院外心停止の疫学について、若年成人との対比も含めて、これらの登録研究を含む国内外のデータを報告する。
【1  発生状況】発生率は小学生から中学生にかけて増加し、小中学生で63%と男児に多い。発生時間帯では、午前9 -10時と15-19時の二峰性である。学校発症が55%で、その内グラウンド、プール、体育館など運動関連場所が84%を占めた。全体の中で、運動中ないし運動直後の発症が66%を占め、学校発症の84%が運動関連であった。
【2  病 因】先天性心疾患17%、QT延長症候群16%、肥大型心筋症14%、冠動脈起始異常12%、その他の心筋疾患17%、その他の不整脈14%であった。経過観察例が48%を占め、先天性心疾患の100%、肥大型心筋症の75%は、経過観察例であった。非経過観察例は52%であり、先天性冠動脈起始異常、カテコラミン感受性多型性心室性頻拍、特発性心室細動は、全例非経過観察例であった。
【3  AEDの普及による蘇生成績への影響】公的場所の心原性院外心停止の中で、市民によるAED使用の割合は、2005年4 %から2009年に37%に増加し、1 か月生存率、社会復帰率も改善した。市民によるAED使用は、救急隊によるAED使用に比べ、AED使用までの時間が有意に短く、社会復帰率は59%と有意に良好で、除細動までの時間が、社会復帰率の独立した因子であった。
 運動関連心停止は、経過観察例の54%、非経過観察例の77%であった。経過観察例は、運動誘発性が低く、発症前心疾患診断を踏まえた蘇生対応が重要である。一方、非経過観察例の原疾患は、運動誘発率は高く、運動場所では常にAEDを用いた救急体制が重要と考えた。
【4  心原性院外心停止の生涯医療:児童生徒と若年成人の対比】35歳以下の心原性院外心停止は、それ以上の年代と異なり虚血性心疾患が原因の割合が低い。児童生徒から若年成人の公的場所で目撃された日中の心原性院外心停止の蘇生成績は良好とされる。ウツ
タイン登録データ(2005-15)の研究では、年代に関わりなく小中高生においてバイスタンダーによるAED使用率が高く、バイスタンダーAED使用に加えて、中高生の年齢因子が社会復帰と独立に関連した。以上から、若年成人と比べ、小中高校の蘇生環境と中高生の蘇生成績が良好であり、学校での蘇生対策の有効性は高いと考えた。
【結 語】学校環境での蘇生対策の有効性は高く、登録研究の充実、そのフィードバックによる蘇生対策の改善と今後の地域での具体的な取り組みが重要である。

S2-3 学校における救急体制 BLS教育とAED

漢那 朝雄1 )、平田悠一郎2 )、賀来 典之2 )
1 )聖マリア病院麻酔科集中治療部、2 )九州大学病院救命救急センター・小児科

 文部科学省の発表によれば、学校におけるAEDの設置状況は、H22時点で小中学校および高等学校の95%以上の学校で設置済み、H28時点では小中学校、高等学校、特別支援学校の99%以上で設置済みとなり、複数台設置する学校も増加中である1 、2 。また、幼稚園への設置または設置予定も約75%と急増中である2 。このようにハード的整備は概ね整いつつあるが、学校における心停止の発生場所とAEDの設置場所については乖離があり2 、3 、早期電気ショックのための体制が整っているかについてはさらなる検討や周知が必要であろう。
 学校におけるBLS教育に関しては、H27年の段階で全国の学校でa)すべての児童生徒等を対象にb)一部の児童生徒等を対象にAEDを含む応急手当の実習を行っている学校の割合(a/bで表記)は、小学校4.1/26.3%中学校28.0/43.2%高等学校27.1/54.1%中等教育学校25.5/54.9%であった2 。中学・高等学校で学習指導要領に記載されて10年以上経過したが、実技はいまだ半数程度の学校でしか実施されていない。一方で、学習指導要領に掲載されていない小学校での実施率は比較的高い。教職員を対象とした、AEDの使用を含む応急手当講習を行っている学校の割合は91.4%である。BLS教育体制の骨格は徐々に整備されつつあるが、さいたま市の「ASUKAモデル」などでの事案でも見られたように、教職員が講習を受講していても対応が後手にまわることは散見される。そのため、BLSの教育内容については、死戦期呼吸や痙攣が心停止の早期サインであることを強調すること、心停止かどうか悩んだら迷わずBLSを開始すること、救助者側(教職員、児童・生徒)の心的ケアや対処法についても啓蒙していくなど継続的な質の改善努力を重ねていく必要があると考える。
 学校内の緊急連絡体制については、以前からサンプルは存在するが、それが実際の心停止事例発生時に有効に機能するものかどうかは検討されていないようであり、今後の課題であろう。
 上記内容に加え、筆者が九州大学病院救命救急センター在職当時に関与した福岡市および周辺地域における「学校における救急医療体制の向上に関する取り組み」について、一部具体的に紹介する。

1   学校における自動体外式除細動器設置状況調査
2   文部科学省 初等中等教育局健康教育・食育課:学校安全の推進に関する計画に係る取組状況調査(平成27年度実績) 
3  日本循環器学会 AED 検討委員会 学校での心臓突然死ゼロを目指して

S2-4 Bystander CPRの適切な開始と、市民の善意が護られる為に

畑中 哲生  救急救命九州研修所

 突然の心停止に対して市民がBystander CPRを開始することの障壁は大きい。近年の蘇生ガイドラインでも、障壁を少しでもなくすための一法として、人工呼吸(口対口)を必須の項目から外したり、呼吸を見る際の気道確保を不要とするなどの工夫が行われている。さらに、心停止を判断する材料としての「普段通りの呼吸の有無」についても、「わからない場合は心停止とみなす」よう促している。しかし、実際には明らかな死戦期呼吸を呈していたと思われる状況でも、わずかな体動があることをもって「意識があり、かつ、普段通りの呼吸がある」とみなされて、Bystander CPRが開始されないといった事態が発生している。このような”under-triage”をなくすためには、CPRの手技を簡略化するだけでなく、心停止の判断自体をより簡略化する必要があると思われる。JRC蘇生ガイドライン2015でも指摘されたように、実際には心停止でなかった者に胸骨圧迫を行うことの弊害が無視できるほど小さいことを考慮すれば、「反応がない」ことが確認できた段階で、暫定的に胸骨圧迫を開始することについても検討の余地があろう。
 心停止を疑った場合に誤った対応をすると、何らかの咎めを受けるのではないかとの危惧もBystander CPR開始を躊躇させる障壁となっている可能性がある。実際に心停止であった場合に、Bystander CPRによって何らかの障害を発生させるのではないかとの危惧だけでなく、Bystander CPRと同時に行うことが期待されている対応、すなわちAEDを取り寄せる・使用するなどをすべて行わなければならないと考えることも、やはりBystander CPRを開始することに対する障壁になりうる。今後の蘇生ガイドラインでは、CPRに関する個々の手技だけでなく、Bystander CPRに対する障壁を少なくすることの重要性についてもさらなる検討が必要であろう。