公益社団法人 日本小児科学会 JAPAN PEDIATRIC SOCIETY

シンポジウム3

心停止の原因究明から心停止予防へ向けて

座長   新田雅彦      大阪医科大学 救急医学講座

座長   清水直樹      東京都立小児総合医療センター 救命集中治療部

                     福島県立医科大学 子ども・女性医療支援センター

シンポジウム趣旨

シンポジウム演題

S3-1 小児の死因検索とChild Death Review; CDR
               溝口 史剛  子どもの死亡登録・検証委員会委員長
               前橋赤十字病院小児科

S3-2 小児心停止の原因としてのchannelopathyと検査体制
               吉永 正夫  国立病院機構鹿児島医療センター小児科

S3-3 小児心停止の原因としての先天性代謝異常とmetabolic autopsy
               村山  圭  千葉県こども病院代謝科

 

シンポジウム趣旨

 小児なかでも乳児の心停止は、目撃されることが少ない。両親や保育士による懸命のCPRがされても、死亡あるいは重度後遺症など不幸な転帰を辿ることがほとんどである。これは、CABアルゴリズムやchest compression only CPRの導入と社会啓発によってもたらされた、学校等で発生するような目撃のある心停止の転帰改善とは対極にあり、残念ながら、改善の余地も限られている。

 さらに、院外心停止死亡症例における心停止発生原因の検索にあっては、警察による検視に引き続く、司法解剖・行政解剖となることが通例である。いったん司法の手が及ぶと、事件性という観点からの死因究明がされても、真の意味での病因究明がなされ難い。さらに、我々医療従事者に解剖結果が情報共有されることは、一般的に極めて困難な状況となっている。

 虐待をはじめとした外因死の鑑別と精査が重要であることは論をまたないが、小児・乳児の院外心停止の原因は、虐待や外因だけではない。感染症、代謝疾患、先天性の不整脈疾患など、診断は可能であるが死亡時の検索体制が不十分であったが故に診断することが叶わなかった症例が、多く想定される。

 Survey of Survivors after Cardiac Arrest in the Kanto Area in 2012; SOS-KANTO 2012における関東圏58の高次医療施設に対する調査によると、小児の院外心停止に対して、Autopsy imaging;Aiを実施した施設が45%であった一方、感染症検索は24%の施設に留まっていた。代謝疾患検索は14%の施設で、酵素活性まで検索した施設は1施設のみであった。チャネロパチーは11%の施設で検査したと報告された(清水ら、日本小児科学会学術集会 2016)。

 こうした現状を鑑みると、小児院外心停止症例に対する解剖やAiのみでなく、感染症診断・代謝疾患検索(metabolic autopsy)・チャネロパチー検査等を含めた広汎な原因検索が望まれる。しかし一方で、検索適応・方法の詳細を定めた指針は無く、課題が多く存在していることも事実である。小児院外心停止症例に対する、より体系的な原因検索の体制整備と小児科学・救急医学・法医学領域等との連携が必須とされる所以である。

 本シンポジウムでは、日本小児科学会が推進するchild death review; CDRの学会委員会担当者から、その進捗についてご発表頂く。さらに、チャネロパチー検索と先天代謝疾患検索の専門家から、それぞれの詳細と小児院外心停止との関係性についてご発表頂く。最後に、小児院外心停止の原因検索体制をより良いものとし、心停止原因検索・死因検索が、“究極の心停止予防” につながるようにするにはどうしたら良いかを、フロアの皆様と議論したい。

S3-1 小児の死因検索とChild Death Review; CDR

溝口 史剛  子どもの死亡登録・検証委員会委員長、前橋赤十字病院小児科

 子どもが死亡した際に徹底的にその原因を究明し、将来の死亡を可能な限り防ぐため、諸外国ではCDRの法的整備が進んでいる。CDRの主たる柱の一つは死因究明の質の向上であるが、死因究明はあくまでCDRを構成する要素の一つに過ぎず、最大の目的は不幸にして亡くなった子どもの死を無駄にせず、社会が学びを得て、より子どもが安全に過ごせる環境を作っていくために、多機関が連携して知恵を出し合い、その英知を蓄積し具体的に行動をとることにある。
 日本小児科学会では2012年に子どもの死亡登録検証委員会が設置され、4 地域(群馬・東京・京都府・北九州市)を対象に、2011年の死亡事例を対象とした後方視的なCDRのパイロットスタディーが施行され、2016年にその成果が報告された。このパイロット研究の結果は、先行する米国・英国の小児死亡検証の報告結果と驚くほど類似しているもので、予防可能性が中等度以上と判断された事例(予防可能死:PD[PreventableDeath]) は登録された全小児死亡事例の27.4%にのぼっていた。予防施策の有効性に関する検討では予防可能死の63.2%(全死亡事例の9.8%)は予防施策有効性が中等度以上と判断された。また不詳死に関する再検証では、全46例のうち真に原因不明と判断された例は5 例のみで、41例では限られた情報の中で真の不詳死とするには解決すべき疑義が存在していた。
 現在、2016年に立ち上がった厚労科研「小児死亡事例に関する登録・検証システムの確立に向けた実現可能性の検証に関する研究」と小児科学会委員会の共同研究として、パイロットスタディーで蓄積された方法論を用いたオンラインでの登録体制を整備している(https://www.child-death-review.jp/)。登録施設が拡充していくことで、地域レベルでの検証体制が構築され、さらには多機関連携での検証体制が整備される端緒となることを期待している。現時点では508ある小児科の専門研修施設のうち200を超える施設から、参加の意思が示されている。もちろんCDRは医療者のみの仕事ではないことは言うまでもないが、現状では「医療者」が「研究」として「後方視的」に行う以外に方法論はなかなか存在せず、まずは医療者が汗をかく必要がある。
 子どもの死亡を真摯に直視することは、その子どもに関わったすべての地域の大人たちの問題であり、CDRを決して「制度として構築されたごく一部の構成員の仕事」になってほしくはないと願っている。CDRは「当事者の学び」「地域の学び」「国としての学び」のすべてを満たすために、包括的なデザインを目指していきたい。
 一方で、CDRは「予防可能死を減らす」ことに焦点を当てているが、それはとりもなおさず「この子の死亡を、私は防ぐことが出来なかった」という遺族の思いを深めることにつながりうる。CDRを社会実装していくにあたり、最大限に配慮しなければならないのは、ご遺族へのケアである点を強調したい。

S3-2 小児心停止の原因としてのchannelopathyと検査体制

吉永 正夫  国立病院機構鹿児島医療センター小児科

 本発表では小児期の院外心停止Out-of-Hospital Cardiac Arrest (OHCA)のうち、乳児期に焦点を絞り報告したい。
【乳児期OHCAの状況】2015年消防庁データをみると、20歳未満のOHCA は1842名、うち乳児が580例、全体の31%を占めている。「原因不明のOHCA」と考えられる例は416例になる。416名のうち、1 か月後良好な脳機能を示す生存者はわずか19名(4.6%)である。同年の乳児突然死症候群(SIDS)数は96名であるが、背景には4.3倍の原因不明のOHCAが存在する。
 九州学校検診協議会では2012年より九州管内の20歳未満のOHCA例の収集を開始し、2016年までに605例が収集された。乳児例が190例と最多で、頻度も31%と全国と同様である。乳児OHCAの72%は睡眠中に起き、睡眠中に起きた場合、脳機能良好な状態で生存できる割合は1.5%しかない。睡眠中のOHCAの予防は緊急の課題である。
【心停止とchannelopathy】心停止に関係するion channelopathyとしては、QT延長症候群(LQTS)、QT短縮症候群、Brugada症候群、進行性心臓伝導障害、早期再分極症候群、カテコラミン誘発多形性心室頻拍がある。これらのうち、LQTSとSIDSの関係はよく知られている。SIDSで死亡した乳児の約10%にLQTSの責任遺伝子が検出される。LQTSのうち責任遺伝子が決定できる率は60%前後であり、この率を加味するとLQTSの頻度は17%になる。2015年でみるとSIDS児のうちの16例、原因不明OHCAのうち71例がLQTSで死亡していることになる。
【Ion Channelopathyの予防】現時点で考えられるのは1 か月健診時での心電図記録が一つのstrategyになる。2010/ 6 ~2011/ 3 、2014/ 9 ~2016/ 2 の2 回、厚労省科研費により10,325名の心電図記録を行った。10名のLQTS乳児をスクリーニングし、うち5 名は著名なQT延長(QTc≧0.50)を認めたため治療を開始した。2000名に1 人が対象になる。5 名ともLQTS関連症状は出現していない。ただ、より多数の心電図記録によるデータ解析、心電図記録の有無による原因不明の突然死数の比較、costeffectiveness
の解析から、心電図記録が有効か検証する必要がある。
【Channelopathyに対するgenetic testing】当センターでは現在までにIon channelopathy 414例(うちProband 272名)のgenetic testingを行っている。このうち乳児には32名の検査を行い18例に責任遺伝子が確認されている。32名中6 名はOHCAまたはSIDSの診断で検査依頼を受け、2 名に変異遺伝子を確認している。ただ、Channelopathyではなく心筋症の責任遺伝子であった。
【Channelopathyの検査体制】Next Generation Sequencerが利用可能となった現在、心疾患に関してはchannelopathy、心筋症を含んだtargeted gene sequencingが既に行われている。更に詳細な検査方法も可能である。ただ、全国的規模で運用するにはhard面とsoft面ともに大きな障壁が予想される。一方、次世代を担う子どもの健全育成と心身障害発生予防は行政の重要な基本方針の一つである。乳児のOHCAの原因探索が心身障害発生予防に繋がり、cost-effectiveであることを行政に示すことができれば可能になると考えられる。

S3-3 小児心停止の原因としての先天性代謝異常とmetabolic autopsy

村山  圭  千葉県こども病院代謝科

【緒 言】乳幼児の小児心停止・突然死は毎年100例以上発生しているが、本邦では体系的な原因検索がほとんど行われてないのが現状である。網羅的に検索して初めて乳幼児突然死やALTEの原因とその頻度が明らかになる。また時々、同胞発症例も散見されており何らかの遺伝性疾患の可能性を強く思わせる症例がある。同胞に更なる発症のリスクがあるのであれば、病因の同定をしていかないと同じ悲劇を繰り返すことにもなる。原因・病因が特定することで、その予防処置を行う事ができたり、不必要な心配を持ち続けることもなくなったりもする。遺伝性疾患の一角を占める先天代謝異常症はこうした小児心停止の原因となりうる。小児心停止、突然死やALTEの症例は先天代謝異常症も念頭におきつつ死因検索を行う必要がある(Metabolic autopsy)。
【先天代謝異常症をカバーした系統的死因検索を行うために】網羅的死因検索を行うためにそれぞれ提出すべき検査とその材料は各種ガイドラインに明示されている1 )。救急搬送されて来た場合には蘇生と並列して検索を行わなければならず、人員の限られている夜間外来等ではかなりの負担となる。このため、あらかじめ採取すべき検体のリストを準備しておくとよい。解剖の承諾を得られない場合には生検針を使ったネクロプシーで検査の一部を換えることもできる。解剖やネクロプシーで採取された検体はホルマリン固定されてしまうことが多い。しかし、−80℃以下で凍結保存しておかないと、各種酵素活性などは測定出来ない。このため、解剖を担当する医師に臓器の一部を凍結保存することを依頼することも重要である。しかし、−80℃以下で冷凍保存すれば長期保存が可能である。エクソーム解析等の遺伝子解析技術が普及し、こうした検体から多くの疾患が遺伝子レベルで診断されるようになってきている。遺伝子検査は確定診断や次子のリスクを考える上で重要かつ不可欠とも言える。代謝疾患のみならず、心筋症、チャネロパシー、不整脈、QT延長症候群など循環器疾患の発見にもつなげることができる。一方で倫理的な問題も生じるため、全国的な指針を作成することが望まれる。


1 ) 小児急性脳症診療ガイドライン2016、新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2015