公益社団法人 日本小児科学会 JAPAN PEDIATRIC SOCIETY

シンポジウム1

蘇生後の長期神経学的転帰は改善しているのか?
     〜病院前・心肺蘇生・神経集中治療からの最新報告〜

座長 黒田 泰弘  香川大学医学部 救急災害医学講座
座長 黒澤 寛史  兵庫県立こども病院 小児集中治療科
シンポジウム趣旨

シンポジウム演題

S1-1 小児の心肺蘇生の品質と長期予後 〜現状と課題〜
               池山 貴也  あいち小児保健医療総合センター 集中治療科

S1-2 新生児・小児の蘇生後の体温管理療法と長期予後
               岩田 欧介  名古屋市立大学 新生児・小児医学分野

S1-3 小児の神経学的予後評価における画像診断の有用性
               高梨 潤一  東京女子医科大学八千代医療センター 小児科

S1-4 病院前から始まる包括的な治療戦略 〜ACS診療における取り組み〜
               菊地  研  獨協医科大学 心臓・血管内科/救命救急センター

S1-5 成人の二次救命処置と心拍再開後ケア
               笠岡 俊志  熊本大学医学部附属病院 救急・総合診療部

S1-6 心停止患者の神経学的重症度評価と治療への応用
               横堀 將司  日本医科大学大学院医学研究科 救急医学分野

 

シンポジウム趣旨

  国際蘇生連絡委員会(ILCOR:International Liaison Committee On Resuscitation)は1992年から蘇生に関するエビデンスを集積し、蘇生科学の発展に寄与してきた。国内でもILCORのコンセンサスに基づく蘇生ガイドラインを策定し、これが医療従事者・市民への蘇生教育に多大な影響を与えてきた。

  心停止の予防から始まる救命の連鎖は、心停止の早期認識と通報、一次救命処置(心肺蘇生とAED)、二次救命処置と心拍再開後の集中治療、と繋がる。この一つ一つの要素を改善・発展させるため、そしてこれらの要素を有効な連なりにするために、世界中で多くの研究がなされている。果たして心肺蘇生の質は十分なのか。最良の心拍再開後の集中治療とは。体温管理療法はどこに向かっているのか。救命の連鎖を有効に繋げるための包括的な戦略をどのように構築すべきなのか。そして、これらを評価するときに重要なのは神経学的転帰、しかも長期神経学的転帰である。蘇生された人たちは1年後、2年後、そして10年後にどのような生活を送っているのだろうか。また、それを予測することはできるのだろうか。

 本シンポジウムでは心肺蘇生やACS診療の品質向上、心拍再開後の集中治療や予後評価についての最新研究についての解説を各領域から得た後、心拍再開後の集中治療の将来展望について討議したい。ことに小児は、年余にわたる、より長い転帰評価が必要であり、長期的転帰の意義も議論したい。

 

S1-1 小児の心肺蘇生の品質と長期予後 〜現状と課題〜

池山 貴也、平山 祐司、和田  翔、京極  都、松永 英幸、今井 一德
あいち小児保健医療総合センター集中治療科

【背 景】成人の心肺蘇生(CPR)ガイドラインでは、胸骨圧迫のテンポと深さ、中断時間、換気に関して、具体的な値が推奨されている。しかし現行の小児の心肺蘇生ガイドラインに関しては、成人の研究や動物試験に基づくエビデンスを取り入れたり、マネキンを使用した非臨床研究や画像検査等の研究に基づいて決定されている。こうした現状を打破するために、国際多施設共同にて小児における胸骨圧迫の質や蘇生後の管理と予後に関する研究(pediRES-Q)が実施されている。心肺蘇生の質と長期予後の関連性に関する知見は明らかではない。
【目 的】1 .小児の心肺蘇生後の長期予後に関する知見を同定し、2 .心肺蘇生の質とその長期予後に関して調査する。
【方 法】PubMedにて、“outcome”、“children”、“cardiac arrest”、“long”のキーワードを用いたSystematicReview、文献を同定する。その文献より心肺蘇生の質とその長期予後に関して検討されているかを調査する。
【結 果】Systematic Reviewにより同定された文献287件からタイトルや抄録により該当論文は9 件同定された。多施設共同研究で院外心停止は2 件、院内心停止は2 件、院内・院外共には1 件、小児ICU内のものは1 件であった。心肺蘇生の質とその長期予後に関しての検討がされているものはなかった。
【考察・結語】小児でも加速度計を用いて心肺蘇生の質を調査した研究は報告されている。ただし、今回の調査では、蘇生の質と長期予後とを研究されている文献は同定できていない。成人では蘇生の質と予後との関連の報告がされてきている。小児おいても蘇生の質および蘇生後管理と予後に関する研究が進行しており、国内の小児心停止の成績向上のためにも、本邦も積極的に関わっていくべきである。

 

S1-2 新生児・小児の蘇生後の体温管理療法と長期予後

岩田 欧介  名古屋市立大学 新生児・小児医学分野

 蘇生後脳症が深刻な問題となっているのは成人に限らない。新生児・乳幼児から学齢期をカバーする小児科領域においても、蘇生後脳症は高率に死亡もしくは神経学的後遺症につながることが知られている。本病態の発症は中高年~高齢者に比べるとはるかに低いが、不慮の事故が常に小児期の死亡原因の1 - 3 位を占めるように、死亡者や後遺症害を残す児から見た蘇生後脳症の割合は非常に高い。新生児領域では、1999年以降、多くのクオリティの高い大規模ランダム化臨床試験(RCT)が行われ、2010年までには、深部体温33-34℃の全身低体温(質の高いRCTとしては1 件のみだが、深部体温34-35℃で10℃程度のキャップで頭部を強力に冷却する方法も採用された)が、中等度以上の新生児脳症の死亡もしくは重い神経学的合併症を10%前後減少させることが確実視されるようになった。これらのRCTは、フォローアップロスや様々な社会的因子や教育などのバイアスに対応できる規模ではないが、3 件の大規模臨床試験は学齢期までの長期フォローを行い、低体温療法のメリットが引き続き観察されることが報告されている。小児の蘇生後脳症に関しては、近年院内心停止・院外心停止について、それぞれ33-34℃の低体温療法を施行した質の高いRCTが行われたが、いずれも低体温療法の優位性を示す結果にはならなかった。ただ、その内容を見ると、院外心停止に対する低体温療法は、予後良好を増加させる傾向が見て取れるため、症例数不足(裏を返せば、低体温療法の効果を過大評価して研究が計画された)であった可能性が示唆される。一貫して低体温療法の効果が示される新生児に対し、なぜ乳幼児が多くを占める小児領域で低体温療法の効果の実証がこんなに難しいのか(あるいは効果が乏しいのか)は、明らかになっていない。本シンポジウムにおける分担項目では、新生児の低体温療法についてわかっている長期予後だけでなく、小児の蘇生後脳症において、低体温療法を成功させるための鍵となる臨床背景と戦略について、ヒントとなる新しい情報を提示出来たら幸いである。

 

S1-3 小児の神経学的予後評価における画像診断の有用性

髙梨 潤一  東京女子医科大学八千代医療センター小児科

 近年の神経画像、特にMRIの進歩は著しく、T1、T2強調画像に加えてプロトンの状態を観察する拡散強調画像、脳代謝を観察するMR spectroscopy(MRS)が臨床応用されている。神経画像を用いて、小児蘇生後の長期神経学的予後を予測・評価することが可能となりつつある。
 低酸素性虚血性脳傷害(HII)の頭部MRI所見は、発症年齢、HIIの程度に影響される。軽度から中等度の場合は動脈境界域病変を呈しやすい。重度HIIの場合、新生児期には基底核・視床、中心溝周囲皮質が傷害を受けやすい。小児期になると視床、中心溝周囲皮質は逆に傷害を受けにくくなり、基底核、海馬、皮質(中心溝周囲以外)病変を呈しやすい。したがって、従来のT1、T2強調画像では、広範な皮質病変、特に皮質がT1高信号を呈する皮質層状壊死(laminar necrosis)、基底核のT1、T2高信号病変は神経学的予後不良因子とされる。
 T1、T2強調画像は急性期には信号変化を呈しにくく、発症早期には拡散強調画像が有用である。拡散能の定量値である「見かけの拡散係数(ADC)」で評価されることが多い。HII発症後2 、3 日での著明なADC低下はcytotoxic edemaによると考えられ、永続的な脳障害を示唆する。
 MRSはN-acetylaspartate(NAA)(神経細胞マーカー)、Choline(Cho)(髄鞘マーカー)、myo-inositole(mIns)(星状神経膠細胞マーカー)に加えて、lactate(Lac)、glutamate(Glu)、glutamine(Gln)を計測しうる。LacはHIIの後、嫌気性解糖、細胞壊死、低還流下での乳酸除去能低下、マクロファージ浸潤を反映し増加する。HII 2 - 8 時間後に検出可能とされ、発症2 、3 日のLac上昇は、不可逆的な細胞傷害・予後不良を示唆する。年長児のHIIではLac上昇、Glu/Gln complex(Glx)上昇、NAA低下が、予後不良(death or vegetative state)と相関する。また、Near-drowning childrenでは、NAA低下、creatine(Cr)低下、Glu/Gln高値が観察され予後と相関する。Crは生体内貯蔵エネルギーと関係し、その低下はsecondary energy failureによると想定される。
 本シンポジウムでは、東京女子医科大学八千代医療センター・小児集中治療室に2014年4 月以降入室し、MRSを施行した患児の代謝動態と予後について検討し報告する予定である。

 

S1-4 病院前から始まる包括的な治療戦略 〜ACS診療における取り組み〜

菊地  研  獨協医科大学 心臓・血管内科/救命救急センター

 急性心筋梗塞(AMI)の院内死亡率は、再灌流療法を含む冠疾患集中治療室(CCU)での治療により5 %まで低下している。その一方で、病院外で生じている突然心停止の救命率はせいぜい10%程度で、その最大の原因はAMIを含む急性冠症候群(ACS)であることも事実である。このため、誰もが「ACSを発症したその場がCCUであれば、95%救命可能になるのでは」と考えるように、病院の枠を地域全体へ押し広げて「地域全体を究極のCCUへ」と転換させる必要がある。それが、発症したその場である「病院前」から始まる包括的なACS診療で、医療従事者だけでなく一般市民をも包括している。
 その1 つが、突然心停止を来した時にはその場に居合わせた市民がAEDを用いてCPRを行うことである。これにより突然心停止を来す心室細動をその場で蘇生可能にしてくれる。その後も心停止が遷延する場合には、医療従事者により高度救命治療が行われ、必要があれば体外循環装置を用いた蘇生治療が行われる。他方、胸痛を自覚した時には速やかに救急車を要請し、駆け付けた救急隊員は現場で12誘導心電図(12ECG)を記録して伝送する。この12ECG伝送により、収容先の病院ではST上昇型心筋梗塞の診断を早期に行えるとともに、予め心カテ室の準備を整え、直ちにカテーテル治療による再灌流療法が行うことができ、再灌流までの時間が短縮できる。
 これらの「病院前」から始まるACS診療は、致死的合併症を減少させ、救命率を増加させ、長期神経学的転帰を改善させる。JRC蘇生ガイドラインでは、2015年版でも引き続き焦点を当て、強く推奨し、積極的に推進している。

 

S1-5 成人の二次救命処置と心拍再開後ケア

笠岡 俊志  熊本大学医学部附属病院 救急・総合診療部

 心肺蘇生に関する国際的なコンセンサスであるCoSTR 2015に基づき作成されたJRC蘇生ガイドライン2015では、成人の二次救命処置(ALS)に関して、以下のような新たな推奨を行っている。
1 )VFあるいは無脈性VTに対する除細動策について
・ 初回電気ショックが有効でなく、かつ使用する除細動器がより高いエネルギーで電気ショックが可能な場合、次の電気ショックのエネルギーを上げること。
2 )気道・酸素化・人工呼吸について
・心肺蘇生中はできるだけ高い吸入気酸素濃度を使用すること。
・ カプノグラフィ(呼気炭酸ガス分析法)波形によってCPR中の気管チューブの位置確認と連続監視を行うこと。
3 )CPR中の循環補助について
・用手胸骨圧迫に代えて自動機械的CPR 装置をルーチンには使用しないこと。
・ ECPRは、実施可能な施設において従来通りのCPR が奏功しない場合に、一定の基準を満たした症例に対する理にかなった救命治療であること。
4 )CPR中の生理学的モニタリングについて
・ 心臓超音波検査は、標準的なALSを妨害することなく実施可能であれば、可逆性の原因の可能性を同定するための追加的診断機器として考慮されうること。
5 )CPR中の薬物について
・心停止患者に標準用量( 1 mg)のアドレナリンを投与すること。
・成人の難治性VF/無脈性VTの心拍再開(ROSC)率を改善するためにアミオダロンを使用すること。
6 )心拍再開後の治療について
・ROSC後の成人では低酸素症および高酸素症を回避すること。
・体温管理療法施行時には、32~36℃の間で設定した目標体温で維持すること。
・ 成人の初期リズムが電気ショック適応の院外心停止でROSC後呼名に意味のある反応がない場合は、体温管理療法を推奨し、かつ体温非管理に反対すること。
・体温管理療法を施行する場合、その持続期間は少なくとも24時間とすること。
・ 低体温による体温管理療法が施行された昏睡患者の予後評価について、ROSC後72時間以前に、臨床所見のみで、予後を評価しないこと。単一の検査結果や臨床所見に依存するのではなく、多元的検査(臨床徴候、神経生理学的検査、イメージング、血液マーカーなど)により予後を評価すること。
 蘇生チーム全員が手順についての認識を共有するために心停止アルゴリズムが作成されている。アルゴリズムは心停止の認識から電気ショックまでの一次救命処置(BLS)、BLSのみでROSCが得られないときの二次救命処置(ALS)、ROSC後のモニタリングと管理の3 つの部分に大別される。また、日本蘇生協議会(JRC)の提唱する「救命の連鎖」では、第4 の輪が「二次救命処置と心拍再開後の集中治療」である。
 本講演では、成人の二次救命処置の進歩と今後の課題について概説する。

 

S1-6 心停止患者の神経学的重症度評価と治療への応用

横堀 將司  日本医科大学大学院医学研究科 救急医学分野

 心停止後症候群(PCAS)に対する治療の刷新は目覚ましい。一方で神経生物学的評価に基づく治療方針決定は十分であるとは言えない。例えば心肺蘇生の中止、いわゆるTermination of resuscitation(TOR)判断の正当性はプレホスピタルを含む救急医療システム自体に大きく左右される可能性があり、生物学的データに基づくUniversalな重症度評価が求められている所以でもある。Point of Careの概念のもと、我々の施設でもPCAS患者における神経バイオマーカーの有用性について検討してきた。例えば心原性心停止患者の来院時採血において、神経バイオマーカーであるNeuron specific enolase(NSE)、グリア細胞系マーカーであるS-100b、そして神経軸索のマーカーであるphosphorylated neurofilament heavy subunit( pNF-H)、さらには炎症バイオマーカーである Interleukin-6( IL-6)を測定し、蘇生限界を知ることでTORの判断の一助になるのではと考えた。心原性心停止患者52例におけるPilot Studyでは、NSE はROSCを予測する 最も鋭敏なバイオマーカーであり(AUC=0.86)、血清NSE濃度と赤外線自動瞳孔径で測定された瞳孔径が独立した心拍再開予測因子であった。(NSE:OR
=0.96, 95%CI 0.93-0.99, P=0.04. pupil size:OR=0.25, 95%CI:0.07-0.94, P=0.04)。一方、心筋逸脱酵素や乳酸、アンモニアなどの感度特異度は神経バイオマーカーよりも低値であった。脳組織、特に神経細胞は虚血低酸素に脆弱であり、心停止患者における重症度を最も鋭敏に反映すると考えられる。我々は神経バイオマーカーを用いた重症度評価が、心停止患者一人ひとりの病態や重症度を把握し、患者ごとの治療方針を決定するTailored Treatmentに不可欠になると考えている。
 本発表では、上記の如く、我々の施設における自動瞳孔計やバイオマーカー測定など、神経モニタリングの取り組みを紹介しつつ、PCAS患者における神経集中治療をレビューし、患者転帰改善を指向した脳蘇生の治療戦略を示したい。