公益社団法人 日本小児科学会 JAPAN PEDIATRIC SOCIETY

特別講演

「小児科医にとっての小児救急蘇生:『小児診療初期対応コース』の発展を願って」

              座長   高橋 孝雄(慶應義塾大学医学部 小児科学教室 教授)
              演者   五十嵐 隆(国立成育医療研究センター 理事長 / 東京大学 名誉教授)

 わが国の平成28年の合計特殊出生率は1.44、出生数は98万人となり、少子超高齢化には歯止めがかからない。一方、平成27年の新生児死亡率・乳児死亡率は0.9、1.9と世界でも最低の率となっている。子どもの育ちを総合的に評価するThe Child Development Indexも世界一となった。さらに、医療の進歩により難病の子どもの生命予後も著しく改善した。病気や障害を持って成人に移行する子ども達を支援する様々な体制を構築することも大きな課題である。一方、病気の有無にかかわらず子どもの心理面・社会面での評価や支援の体制がわが国ではほとんど機能していないことも、大きな問題である。第一次の国民運動計画「健やか親子21」(2001-2014年)で悪化した指標の一つが十代の子どもの自殺率であった。今こそ、子どもをbiopsychosocialに評価し・支援する体制を構築することが求められている。さらに、子どもの貧困による子どもへの健康被害や虐待への対応も解決すべき課題として残されている。
 わが国の社会における救命体制にも変化が見られる。学校での突然死は子どもの人口減少の割合以上に減っているが、全体に占める心疾患の割合が現在では約6 割にまで減少している。これは、心臓病健診などにより突然死を起こすリスクのある患者に適切な治療が行われていること、診断・治療の技術が進歩したこと、子どもが失神発作を起こしたときに胸骨圧迫やAEDによる適切な救命処置が以前よりは広く行われるようになったことが理由である。
 わが国では長い間小児の救急蘇生教育は医療現場で行われて来たが、小児を対象とした救急蘇生の医学教育コースを必要とする声が高かった。呼吸管理やショックへの対応を必要とする小児が少なくないからである。BLS、PALS、APLSなどの海外の救急蘇生教育が20年ほど前からわが国に導入され、志のある小児科医が積極的に関与してきた。しかしながら、それらは優れた内容であるもののわが国の医療事情に合致しない面があり、わが国の小児科医の意見が必ずしも反映されたものではなかった。また、講習会の期間やテキスト代・受講料などにも難点があった。こうした状況の中で、2011年に日本小児科学会の当時の会長であった私が清澤伸幸日本小児科学会小児救急委員会担当理事に日本版PALSの立ち上げを要請した。一時中断があったものの寺井勝同理事と市川光太郎小児救急委員会委員長の御指導の下で、清水直樹、西山和孝、種市尋宙、井出健太郎、太田邦雄、新田雅彦ら諸先生の御尽力により準備が行われ、2015年に試験的に「小児診療初期対応コース」が実施された。その後、「小児診療初期対応コース」と「インストラクター養成コース」の開催が日本小児科学会の正式な事業と認定されて講習会が始まり、2018年3 月までに「小児診療初期対応コース」が10回、「インストラクター養成コース」が3 回開催され、今後も継続予定である。
 本教育コースの目的は「防ぎうる心停止から子ども達を護る」ことであり、4 人毎に分かれた1 日間の実技を含めた講習により、参加した多くの小児科医が小児蘇生に自信を持つことが出来る。受講者の中からインストラクターが輩出されることにより、この事業の更なる発展が望まれる。さらに、小児蘇生に関するエビデンスの作成や国際的ガイドライン作成に寄与することに繋がることを願っている。近い将来、わが国の小児科医は小児蘇生の初期対応技術を身につけることが基本になるであろう。