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日本小児科学会雑誌 目次 |
第105巻 第4号/平成13年4月1日
Vol.105, No.4, April 2001
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【原著】 |
■題名 |
第15回川崎病全国調査で観察された年齢別罹患率曲線の変化 |
■著者 |
自治医科大学保健科学講座公衆衛生学部門1),埼玉県立大学2)
屋代 真弓1) 中村 好一1) 柳川 洋2) |
■キーワード |
川崎病,疫学,年齢曲線,病因,全国調査 |
■要旨 |
第15回川崎病全国調査の年齢別罹患率において,1997年,1998年の両年とも月齢6〜8カ月の罹患率は前後の月齢群(月齢3〜5カ月と9〜11カ月)よりも有意に低い値であり,罹患率曲線がこれまでの一峰性と異なり二峰性になっていた.過去3回の調査ではピークの月齢は,年によって3〜5カ月から9〜11カ月の開きが見られたが,いずれも一峰性であった.今回初めて明らかな二峰性の曲線を示した原因を明らかにする目的で,1997年,1998年に報告された1歳未満の川崎病患者の月齢別罹患率の特徴を初診年月別,性別,地域別,出生年月別に観察した.その結果,初診月が1〜3月,4〜6月の者は月齢9〜11カ月に罹患率が高く,初診月が7〜9月,10〜12月の者は月齢3〜5カ月の罹患率が高かった.特に初診月が1〜3月の冬季に発生した患者と初診月が7〜9月の夏季の患者では明白なピークのずれが見られた.性別,地域別,出生年月別の観察では明らかなピークのずれは見られなかった.以上の成績より年齢別罹患率が二峰性になったのは,罹患の季節によって年齢分布に6カ月のずれが見られたことが主な原因と考えられ,季節により病原体の種類または性状が異なった可能性が示唆された.今後川崎病の病因を考えるとき,複数の病原体が関与している可能性も考慮すべきであると考える. |
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【原著】 |
■題名 |
わが国における鎖骨頭蓋異形成症の臨床的・遺伝学的検討 |
■著者 |
富山医科薬科大学小児科1),旭川医科大学小児科2),
獨協医科大学越谷病院小児科3),
名寄市立総合病院小児科4),東京歯科大学市川病院小児科5),
横浜市立大学小児科6),
横浜市立市民病院小児科7),富士市立中央病院小児科8),
大和市立病院小児科9),
日赤和歌山医療センター小児科10),
埼玉県立小児医療センター遺伝科11),
広島赤十字・原爆病院小児科12)
吉田 丈俊1) |
金兼 弘和1) |
蒔田 芳男2) |
伊藤 善也2) |
永井 敏郎3) |
矢野 公一4) |
田中 葉子5) |
西巻 滋6) |
山川 博子7) |
寺本 知史8) |
玉井 伸哉9) |
百井 亨10) |
大橋 博文11) |
西 美和12) |
齋藤万里子1) |
宮脇 利男1) |
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■キーワード |
鎖骨頭蓋異形成症,低身長,CBFA1/PEBP2αA遺伝子 |
■要旨 |
鎖骨頭蓋異形成症は,全身骨格に骨化遅延を認め,鎖骨低形成,頭蓋骨縫合骨化遅延,歯牙萌出遅延を特徴とする疾患である.本症は常染色体優性遺伝疾患であり,runtドメイン遺伝子ファミリーに属する転写因子のひとつであるCore Binding Factor α1(以下CBFA1)の遺伝子変異が本症の原因であるとされている.今回我々は本症が疑われた22家系に対して,CBFA1の遺伝子解析を行い,15家系に遺伝子変異を同定した.また,同時に本症の臨床症状を検討したところ,遺伝子変異例では有意に鎖骨低形成が高率に認められた.その他の症状に関しては,遺伝子変異の有無との間に相関関係は認められなかった.7家系についてはCBFA1の遺伝子変異が認められなかったが,今回の解析範囲に含まれなかった遺伝子の調節領域などについて,今後の検討が必要であると思われた. |
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【原著】 |
■題名 |
インフルエンザワクチンの安価な集団接種の効果 |
■著者 |
豊根村診療所1),自治医科大学地域医療学2)
渡邊 次夫1) 浅井 泰博2) |
■キーワード |
インフルエンザ,ワクチン,集団接種,学校保健,発症率 |
■要旨 |
目的:小児にインフルエンザワクチンを安価に集団接種することが,接種率を高め,インフルエンザの発症を減らすかどうかを調べる.
対象:愛知県豊根村と隣接する津具村の保育園・小中学校の小児
方法:豊根村の保育園,小中学校においてインフルエンザワクチン集団接種を1回1,000円〜1,500円で行い,津具村では集団接種をしなかった.接種率とインフルエンザ様疾患の発症率,欠席率,保護者が望む接種費用等について質問票により調べた.
結果:接種率は豊根村で77%,津具村で7%で,インフルエンザ様疾患の発症率の相対危険度(RR)は0.46(95%信頼区間0.30〜0.72),欠席率のRRは0.51(95%信頼区間0.33〜0.80)で有意に豊根村の方が低かった.保護者の望む接種費用は1回1,000円が最多であった.
結論:小児にインフルエンザワクチンを安価に集団接種することは,接種率を高め,発症率を減らすのに有効であった. |
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【原著】 |
■題名 |
1995年出生の超低出生体重児の3歳時予後に関する全国調査成績 |
■著者 |
厚生科学研究「周産期医療体制に関する研究」班
神戸大学医学部小児科,東邦大学医学部新生児学教室1),
東京女子医科大学母子総合医療センター2)
埼玉県立小児医療センター未熟児新生児科3)
上谷 良行 |
中村 肇 |
溝渕 雅巳 |
多田 裕1) |
三科 潤2) |
大野 勉3) |
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■キーワード |
超低出生体重児,予後,脳性麻痺,精神運動発達遅滞,視力障害 |
■要旨 |
1995年出生の超低出生体重児の3歳時予後の全国調査を実施し,1990年出生児に対する調査結果と比較検討した.146施設より調査票を回収し,757例を検討対象とした(フォローアップ率72%).精神運動発達,視力障害による総合発達評価で正常判定は757例中531例(70.1%),境界は113例(14.9%),異常は113例(14.9%)であった.脳性麻痺の頻度は757例中108例(14.3%)で,両眼失明の頻度は前回より低下していたが(2.2% vs 1.2%),聴力障害,てんかん及び呼吸器関連疾患の頻度には前回と差はなかった.施設ランク別の検討では,年間超低出生体重児入院数20例以上のAランク施設では総合発達評価正常判定児が76%を占め,20例未満のBおよびCランク施設の66.4%,67.3%に比して有意に高かった(p<0.05).脳性麻痺,視力障害の頻度もAランク施設ではB,Cランク施設に比して有意に低く(p<0.05),施設規模は予後に影響する大きな因子であると考えられ,周産期医療体制の整備を進める上で重要な示唆をあたえるものであった. |
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【原著】 |
■題名 |
超低出生体重児に対するカンガルーケアの早期取り組み |
■著者 |
東北大学医学部小児科
堺 武男 |
渡辺 達也 |
千葉 洋夫 |
一戸 明子 |
饗場 智 |
蒲原 孝 |
飯沼 一宇 |
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■キーワード |
カンガルーケア,極低出生体重児,超低出生体重児,新生児集中治療室 |
■要旨 |
極低出生体重児,特に超低出生体重児に対するカンガルーケア(KC)について検討した.2年間に66例の極低出生体重児にKCを施行し,その内32例が超低出生体重児であった.KC開始時の修正週数が最も若かったのは27週0日であり,KC開始時体重が最も少なかったのは487gの児であった.この超低出生体重児に対するKCは無呼吸発作によって中断を余儀無くされた3例(延べ5回)以外は大きな問題は無く継続され,中止に至った児も翌日からは親の強い希望によって再開されていた.今回の検討からは修正週数27週以降はKC可能と考えられ,体重はKC開始の規定因子にはならないと考えられた.また,両親に対する聞き取り調査からはこの週数でも母(父)子関係の樹立に対してKCは大きな役割を果たす可能性が示唆された. |
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【原著】 |
■題名 |
低酸素性虚血性脳症における新生児脳血流動態
―第2報 神経学的長期予後との相関 |
■著者 |
愛知県心身障害者コロニー中央病院新生児科
福田 純男 長谷川泰三 本庄 孝江 二村 真秀 |
■キーワード |
脳血流速度,新生児仮死,低酸素性虚血性脳症,パルスドプラ超音波,神経学的予後 |
■要旨 |
脳内各動脈の平均血流速度(Vm)を測定し,脳波に基づく回復度との関係,神経学的長期予後との相関について検討した.対象は新生児仮死を疑われた正期産児181名とした.対象について脳波検査を2回(平均日齢,初回2,再検10)施行した.脳波は正常脳波(背景活動低下なし),最軽度,軽度,中等度,高度,最高度活動低下に分類した.同時に超音波カラードプラ法を用いて,前大脳動脈,左右内頸動脈,脳底動脈,左右中大脳動脈のVmを測定した.再検脳波が正常化する例は初回脳波が最軽度,軽度活動低下までの例であり,各脳動脈のVmは日齢により増加していた.初回脳波が中等度,高度,最高度活動低下になると再検脳波が正常化する例は無く,この様な例では日齢によるVmの増加は見られず低下する例も見られた.長期神経学的予後良好例では日齢に従ってVmの増加が見られた.長期神経学的予後不良例では日齢に従ってVmの増加が見られなかった.以上より脳波上,大脳の障害が進むと脳血管の自動調節能が障害され日齢によるVmの増加が見られない事が示唆された.また大脳の機能,脳血管調節能,脳血流動態には相関がある事が示唆されるとともに長期予後の予測に日齢による脳血流の測定が有効であることが推察された. |
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【原著】 |
■題名 |
超低出生体重児慢性肺疾患III型に原発性小腸捻転症を合併した1例 |
■著者 |
埼玉医科大学総合医療センター小児科
中村 利彦 田中 理砂 新田 啓三 小川雄之亮 |
■キーワード |
原発性小腸捻転症,インターロイキン8(IL-8),気道吸引液,虚血・再灌流,遠隔肺障害 |
■要旨 |
慢性肺疾患(CLD)III型のためHFOで呼吸管理中の超低出生体重児の男児が,特発性小腸捻転を合併した.経過中の末梢血および気道吸引液中の好中球数,IL-8濃度を測定した.捻転部は完全阻血状態にまで至らず,虚血・再灌流を繰り返すうちに局所で産生されたIL-8が好中球をprimingして肺へ集積,さらに肺組織への浸潤を促進したものと考えられた.捻転部の切除術直後からprotease inhibitorを投与し,急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の発症は認められなかった.新生児における遠隔肺傷害を示唆する貴重な症例と考え報告した. |
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【短報】 |
■題名 |
発症後4日でも髄液細胞の多核球優位が著明であった無菌性髄膜炎の1例 |
■著者 |
土岐市立総合病院小児科
虫明 亨祐 元吉 史昭 |
■キーワード |
髄液細胞増多,多核球優位,無菌性髄膜炎 |
■要旨 |
無菌性髄膜炎では,病初期には多核球優位の髄液細胞増多がよくみられるが,速やかに単核球優位になってくるといわれている.しかし最近,無菌性髄膜炎でも多核球優位の細胞増多は病初期に限らずありふれた所見であるという報告がなされた.今回,我々は発症後4日で著明な多核球優位の細胞増多を示した無菌性髄膜炎の1例を経験した.多核球優位の場合には,細菌性髄膜炎との鑑別に髄液細胞分類は有用性が低いと考えられる. |
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【委員会報告】 |
舌小帯短縮症に対する手術的治療に関する現状調査とその結果
日本小児科学会倫理委員会舌小帯短縮症手術調査委員会
仁志田博司,中村 肇,泉 達郎
母乳栄養促進などの目的から,新生児および乳児の舌小帯に小切開を加えることは,日本のみならず諸外国においても古くから習慣的に行われてきたが,その医学的意味がないことが示されており,現在はほとんど行われなくなった1)〜4).このような病棟や外来で助産婦や医師によって行われていたレベルの舌小帯の切開とは異なり,一部の医師によって,先天性舌癒着・喉頭蓋・喉頭偏位矯正術の名称で舌小帯に対する本格的な手術が行われている5).高度な舌小帯の短縮が上気道の変異をもたらし,呼吸障害を引き起こすと言う考えの基に,先天性舌癒着・喉頭蓋・喉頭偏位症の診断名がつけられ,舌低部を切開し頤舌筋を切断する手術である.その手術の目的は,吸啜障害の矯正のみならず,呼吸障害やそれに伴う低酸素血症を改善して乳幼児突然死症候群(SIDS)の発生を予防するというものである.
1994年ノルウエーで行われたSIDS国際学会において,舌小帯を積極的に手術しているグループが,「日本においてSIDSの発生頻度が低いのは,SIDSのハイリスク群である先天性舌癒着・喉頭蓋・喉頭偏位症の乳児を我々が手術して治しているからである.」という主旨の発表を行い6),同学会に出席していた本邦のSIDS研究者を驚かせた.
さらに,助産婦などから子育て中の母親に「舌小帯を切らないと突然死になる.」というコメントが述べられるにおよんで,専門家の間の意見の不一致が子どもを持つ親の育児不安を引き起こしていることが明らかとなった.
この問題を重くみた日本小児科学会は,舌小帯短縮症手術調査委員会を設け,その現状に関する調査を行った.本論文はその調査結果を報告し解説を加えるとともに,乳幼児の医療および保育に携わる専門分野の各位に,この問題の理解を広めることを目的とした.
調査方法および対象
平成11年8月から10月にかけ,舌小帯に関する臨床経験および舌小帯手術の適応等に関する質問用紙を郵送し,回収された回答およびコメントを検討した.
対象は小児科医93名(日本小児科学会役員24名,日本小児科医会役員69名)および日本小児耳鼻咽喉科学会会員100名である.
回答率は,小児科医において87/93(93%)であり,小児耳鼻咽喉科医において74/100(74%)であった.
小児耳鼻咽喉科医を対象とした調査結果
1)手術例(過去1年間):19医師(26%)により67例が行われていた.(1例:7医師,2例:2医師,3例:4医師,5例:1医師,6 例:1医師,7例:2医師,9例:1医師,10例:1医師)
『舌小帯を手術する医師は1/4に過ぎず,その症例の半数は4名の医師によるものであり,小児耳鼻咽喉科専門医師でも舌小帯の手術は稀であった.』
2)手術適応(複数回答)
哺乳力不良などの授乳に関する問題:7医師
チアノーゼなどの呼吸に関する問題:1医師
撥音などの言葉に関する問題:13医師
発達や行動に関する問題:1医師
その他(切歯による):1医師
『その手術の適応の過半数は言葉に関する問題であり,その他の適応のほとんどは医学的な理由より家族の訴えによるものであった.特に呼吸および発達/行動に関する問題による手術適応は各1例のみと例外的であった.』
3)手術の範囲(複数回答)
舌小帯のみ:13医師
舌小帯および筋層まで:2医師
『筋層まで含む舌小帯手術はすべて構語障害に対するものであり,子ども病院などの専門施設で行われていた.授乳などの問題に対する手術は外来で舌小帯を切る処置のレベルであった.』
4)手術年齢
6カ月未満:2例
6〜12カ月:12例
1〜2歳:16例
2歳以上:37例
『乳児期特に6カ月未満の手術は2例のみと例外的であった.』
5)麻酔(複数回答)
局所麻酔:7医師
全身麻酔:6医師
他は無回答または無麻酔
『舌小帯のみを切る手術のほとんどは無麻酔で行われているようであるが,筋層におよぶ手術ではなんらかの麻酔が行われ,その半数に全身麻酔が行われていた.』
小児科医師を対象とした調査結果
1)舌小帯のことで親に相談をうけたことがありますか.
ときどきある:12/87(14%)
たまにある:46/87(53%)
ない:29/87(33%)
『頻度はあまり高くないが,小児科医の2/3が舌小帯に関して親からなんらかの相談を受けていた.』
2)舌小帯を切った方が良いと思われる児を経験しますか.
ある:8名の医師(13例)
『ほとんどの小児科医が母親が舌小帯の異常を訴えても,舌小帯を切る必要のある児を経験していない.経験している医師も極少数例においてのみである.』
3)舌小帯短縮(癒着)によると思われる臨床的な問題の経験がありますか.
ある:5名の医師(10例)
哺乳力の問題:1年間に─1例
構語障害:1年間に─9例
呼吸障害:1年間に─0例
発達行動などの問題:1年間に─0例
『実際に臨床的な問題を呈する児の経験はさらに稀であり,そのほとんどは構語障害である.舌小帯短縮による呼吸障害例は皆無であった.』
4)舌小帯を切ったこと,または他医で切ったことによるトラブルを経験したことがありますか.
ある:2名の医師において治療を要する出血の経験
『事例は稀であるが,手術的侵襲による問題が経験されている.』
5)舌小帯を外来等で切ることがあるか.
全員無し.
(12名の小児科医が20年近く前には舌小帯を切った経験がある.)
『かつて行われていた小手術としての舌小帯切開は行われなくなっている.』
考 案
初乳をあらちち(粗乳/荒乳)と称して古い悪くなった乳として,飲ませず捨てる習慣や,こけしの様に巻きおむつをする育児法が赤ちゃんに害あって益無しと改められたのはごく近代になってからである.母乳促進のために舌小帯に小切開を加える処置についても,今村4)が舌小帯の短縮度は年齢にともなって変化するという調査結果を示しているのに加え,根津2)や飯塚ら7)が前方視的調査を行い,舌小帯切開が母乳栄養や吸啜運動を促進する効果は認められないとその必要性を否定している.今回の調査でも,かつて舌小帯に小切開を行っていた小児科医のほとんがすでにそのような処置を行っていないことが示されている.母乳栄養に役立つとの思いから乳児の舌小帯を切ることは,そのような類いの学問的根拠のない習慣であったことがようやく広く理解されるようになり一件落着の感がある.
本調査で問題にされているのは,そのような外来や新生児室で行われてきた処置のレベルである舌小帯切開を越えた,麻酔下で切開を加え縫合するという手術についてである.現在本邦において,舌小帯の高度な短縮と理解される舌癒着症が上気道の偏位をもたらし呼吸障害や低酸素血症をもたらし,それに伴い発育発達の異常や突然死の危険を高めるという考えから,先天性舌癒着・喉頭蓋・喉頭偏位症の診断の基にその矯正手術が一部の医師グループによって積極的に行われている.しかし,大多数の現役の小児科医および小児専門の耳鼻咽喉科医にとっては耳なれない疾患であるところから,その手術適応と医学的根拠について明らかにする目的で調査がなされた.
今回の調査は第一線で中心的な活動を行っている小児科医および耳鼻咽喉科医を対象に行われた.小児科医の2/3は親から舌小帯に関する相談を受けていたが,臨床的に問題となった事例の経験は5名の医師による10例のみで,そのほとんどは構語障害であり,舌小帯による呼吸障害の経験は皆無であった.
小児耳鼻咽喉科医を対象とした調査でも過去1年間に舌小帯の手術を行ったのは1/4に過ぎず,さらに5例以上の手術経験は6名の医師のみであり,小児専門の耳鼻咽喉科でも稀な手術であることが明らかであった.また筋層にまで及ぶ本格的な舌小帯手術のほとんどは構語障害に対するものであり,チアノーゼなどの呼吸器症状を適応としたのは1医師のみであった.
オーストラリアの小児外科医Wright8)は18年間に舌小帯短縮(tongue-tie)を主訴として受診した287例のうちいわゆる舌硬直症(ankyloglossia)は2例に過ぎなかったと述べている.この疾患に興味を持つ専門家の18年間の経験でも手術の適応となる事例は極めて稀であったことは,今回の調査および筆者ら多くの小児科医および小児耳鼻咽喉科医の経験と一致するものであった.
これらの結果を踏まえれば,手術を必要とする舌小帯そのものが稀なものであるばかりでなく,呼吸器障害を適応として行う手術はさらに例外的であると判断される.向井他5)が6カ月間に45例の乳児に外科的手術を行った報告との差は余りにも大きすぎるところから,単なる医学的適応の違いを越えた医療に対するphilosophyにまで論点が及ばなければ解決できないと考えられる.
さらに,筋層に及ぶ舌小帯の手術においては全例なんらかの麻酔が行われ,その半数は全身麻酔であった.また,2例ではあるが治療を要する出血が経験されている.さらに今回の調査対象外の事例であるが,1996年に大阪で生後49日目の乳児が舌小帯切断術で死亡しており,特に乳幼児に行う場合はあるリスクを伴う手技であることは明らかである.
一方,乳幼児突然死症候群(SIDS)と上気道の異常に関しては,すでに歴史的なTonkinn9)の仮説を始め多くの研究論文があるが,舌小帯の異常との関係に於いては著者らの知るところでは向井他5)6)のもののみである.さらに近年SIDSの基本的な病態が睡眠時無呼吸からの覚醒反応の遅延であることが明らかにされつつあり,これまで報告されてきた上気道の異常による突然死は例外的な別の疾患と考えられている10).
それゆえ,限られた数の医師のグループがSIDSのハイリスク群とされる舌小帯癒着症の乳児を治療したことが本邦のSIDSの発生頻度を低くしているという向井他の発表6)は,舌小帯の手術がSIDSを予防するという学問的データは示されない限り,到底受け入れ難い意見とみなされる.
結 語
今回の調査および文献的な考察から,乳幼児の突然死を予防するという目的で舌小帯に手術的侵襲を加えることの正当性を認めることはできなかった.本調査の結果を踏まえ,小児の医療に携わる小児科および耳鼻咽喉科さらには口腔外科や小児外科の専門家により,舌小帯短縮症の手術の適応やその効果等に関し真摯な議論がなされ,受け身である乳幼児を不当な麻酔や手術という侵襲から守るための措置を考えるとともに,子育て中の母親に適切な情報を提供してその無用な不安を軽減をする努力をなすべきである.
引用文献
1) |
仁志田博司.出生直後のマイナートラブルへの対応 舌小帯短縮症.周産期医学 1996;26:1217. |
2) |
根津八紘.舌小帯短縮症.周産期医学 1990;20:63. |
3) |
赤松 洋.本誌診療メモ,新生児・乳児のTongue tieの治療についての意見に答える―小児科医の立場から―小児耳鼻咽喉科誌 1989;10:74. |
4) |
今村栄一.舌小帯付着の切断を論考する.小児保健研究 1989;48:593.
|
5) |
向井 将,向井千伽子,浅岡一之.先天性舌癒着・喉頭蓋・喉頭偏位症―新生児・乳児の呼吸不全―.耳鼻臨床 1990;83:7. |
6) |
S Mukai, C Mukai, K Asaoka et al. Prevention of SIDS―correction of ankyloglossia with deviation of the epiglottis and larynx. Third SIDS International Conference, Stavanger, Norway 1994(ポスター発表). |
7) |
飯塚忠史,佐々木美津代,大石 興.舌小帯と母乳哺育―病院をベースにした前方視的検討―.小児保健研究 1999;58:665. |
8) |
Wright Je. Tongue-tie:Review Article. J Pediatr Child Health 1995;31:276. |
9) |
Tonkinn S. Sudden infant death syndrome;Hypothesis of causation. Pediatrics 55;650:1975. |
10) |
仁志田博司.乳幼児突然死症候群とその家族のために.東京書籍,東京,1994. |
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【委員会報告】 |
在宅無呼吸監視装置(ホームアプニアモニタ)に関する意見書
平成13年1月
日本小児科学会倫理委員会
中村 肇 委 員 長
仁志田博司 委 員
田辺 功 委 員
泉 達郎 担 当 理 事
睡眠中に発生する無呼吸を感知し警報を発するいわゆる無呼吸監視装置は,乳幼児の突然死予防の目的でこれまでいくつかの機種が開発され実際に使用されてきた.しかし最近のアメリカ小児科学会誌(Pediatrics)上でも議論されているごとく,このような無呼吸監視装置が乳幼児の死亡,特に乳幼児突然死症候群による死亡,の予防に有効であったという疫学的なデータはない.
それにもかかわらず,家庭においても無呼吸監視装置が使用されているのは,前児を突然死で亡くしている家族や突然死に近いエピソード(アルテ,乳幼児突発性危急事態)を経験した家族が,その精神的な不安を軽減する効果のためである.
欧米においては,乳幼児突然死症候群そのものが理解されているのみならず,蘇生術をはじめとした危急事態発生時の対応が社会常識のように身についているところから,個人の責任のもとに医療者の介入なく無呼吸監視装置が一般の家庭で使用されている場合がある.
しかし社会的背景の異なる本邦に於いては,そのような目的の無呼吸監視装置は全て医療器具としての認可を受けており,一般家庭向けには医師の指示を前提としたレンタルのみである.また装置は使用後回収されるところから,いつどこでだれが使用しているかが把握されており,トラブルが発生した場合はすぐに対応できるシステムになっている.
ところが,昨今ベビー用ハイテク・モニターの名称の機具が通信販売や量販店で一般家庭向けに売り出されているが,その機具は「赤ちゃんの呼吸に伴う動きが20秒間停止した場合には,直ちに警報を発して異常を知らせ,お母さまの素早い対応を促すのが特徴です.」と宣伝文に記載されているごとく,実質的には乳幼児の無呼吸監視装置として使用されるものと考えられる.スイッチの入れ忘れなどの過った使用や装置を過信して児を長期間一人にしてしまうことなどが如何に危険かは言うまでない.異常が発生した時の蘇生法などの対応法を考慮しないこのような機具の販売は,医学的観点から認め難いのみならず利用者の危険を顧みない非倫理的な行為と判断される.さらに多くの場合,ある一定期間の使用後に第三者に装置が渡ってしまう可能性がある.このような危険性を孕んだ販売方式では,無呼吸モニターの適切な説明と指導がないままに,乳幼児に対し野放しで使用されることとなり,極めて危険な事態が発生することが懸念される.
日本小児科学会はこのような乳幼児の命にかかわる状況の速やかなる改善を関係諸子に強く要望するものである.
平成12年3月
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