会長挨拶

(登録:10.6.3)
■■ 会長挨拶

日本小児科学会会長就任のご挨拶

 この度日本小児科学会会長に選出されましたので、ご挨拶申し上げます。小児科学会の質的な向上を目指し、会員に目を向けた小児科学会にするために力を尽くす所存です。

1.日本小児科学会の基本

 日本小児科学会はわが国の小児科学を発展させて社会に貢献することを目的とする学術団体です。わが国の小児科学という学術活動を発展させることが最も重要な使命です。私どもは基礎研究と臨床研究を含め優れた学術活動を行い、優れた成果を世界に発信することにより内外から初めて評価される存在と考えます。世界から注目される基礎・臨床研究が日本小児科学会の会員から現在どのくらい発信されているのか、自己点検することがまず必要です。さらに、地方会、地区学会、分科会、小児科関連の国際学会など、いずれのレベルにおいても学術活動をさらに活性化する努力が求められています。臨床と研究とは表裏一体の関係にあります。わが国の小児科学の臨床を世界に負けない充実したものにするためには、小児科学の研究をこれからも活性化することが不可欠です。
 わが国全体の臨床医学の論文発信能力は最近数年間で約17%低下したと指摘されています。小児科学に限ってのわが国全体での統計はありませんが、新臨床研修制度開始以来小児科学の研究だけが他の診療科と違って活性化しているとは考えられません。このような状況が続けば、早晩わが国の小児科学の臨床、研究面でのプレゼンスは世界の中ではもちろんのことアジア地域の中においてすら低下することが危惧されます。これは結果的にわが国の子ども達へ不幸な結果を招くことになります。現在他の診療科は様々な方策を用いて学術活動の活性化に向けた努力をしています。日本小児科学会は学会として臨床・基礎研究を促進する仕組みを模索し、積極的に若手・中堅小児科医の臨床・基礎研究への参入を促す施策を実行する時期に来ています。
 新臨床研修制度の実施により小児科を選択する医師の減少が危惧されました。それに対して、当学会もその対応に努め一定の成果をあげたことは記憶に新しいところです。今後は若手小児科医を増やすための施策だけではなく、彼らの臨床能力の向上や研究マインドの育成など、小児医療の真の意味での質の充実に向けて小児科学会として取り組まなくてはならない重要な課題が残っています。その点において、女性医師への支援制度を具体的に提案していくことも速効性はないかも知れませんが小児医療の質の充実に不可欠と考えます。また、小児科学会は会員である小児科医が自らの仕事に対してself-esteemを持ち続けるための活動を今後展開することも求められています。

2.日本小児科学会の社会・国に向けての対応

 子どもを安心して育てることの出来る社会にするために、小児科医は小児医療・保健など多方面で貢献することが可能です。たとえば、わが国の予防接種体制は世界標準に遙かに及ばない状況にあります。わが国ではこれまで予防接種の副反応などの悪い面が強調されて来ました。社会に対しては学校教育を含めて予防接種の目的と意義を啓発しなくてはなりません。また、国に対しては副反応に対して国からの補償をこれまで以上に充実させること、定期接種になっていないムンプス、水痘、B型肝炎ウイルス、Hib、肺炎球菌などのワクチンを定期接種にする運動を展開する必要があります。特に、厚生労働省や関連学協会と連携して日本版ACIPの設立を目指すとともに、わが国の予防接種メニューに関して国に勧告を出すべきと考えます。また、子どものhealth reformを促進する一環として、子どもが感染症や予防接種等の知識を学校教育により正しく持つことができるように文部科学省に働きかけたいと考えます。
 時間外診療を含めて小児の救急医療を確立し、速やかに診療できる体制を構築することも重要です。現在進行している地域小児医療センター・中核病院構想を推進することも求められます。ただし、その際に地域の実情を十分に反映した柔軟な体制にすることが地域小児医療を担う小児科医の協力を得るために不可欠です。また、小児医療の集約化が進んだ場合、地域医療センター・中核病院に夜間・休祭日に患者が殺到することにより小児科医の負担が増えることがないかなど、現在構築されつつある新しいシステムに対する評価・対応も必要です。
 0歳児保育の対象児が9万人を超え今後さらに増える状況の中で、園医や看護師の教育や地域の保育機関との連携が今後ますます必要になります。また、こころの問題や性感染症などの問題を含め、思春期の子どもの医療・保健の必要性は今後さらに高まる一方です。小児科学会は関連学協会と協力して思春期の子どもの医療・保健問題に適切に対応することの出来る小児科医を引き続き育成しつつ、そのために必要な資源の配分を国や公共団体に求める運動を展開するべきです。
 本年7月から15歳未満の小児の臓器提供を認める改正脳死臓器移植法が適用されます。現在の不十分な救急医療体制の下で行わざるを得ない脳死判定や虐待死の診断などの問題と難しさを小児科学会は社会にアピールし、この問題に慎重に対応することは言うまでもありません。今後も学会内で議論を続けることが必要です。さらに、小児に脳死臓器移植を実施する場合には、移植を実施する医療機関への国や公共団体からの様々な支援が必要なことを明らかにし、アピールしなくてはなりません。
 わが国の子どもの健康を維持し増進することの対極に子どもの死があります。わが国にはしっかりとした子どもの死亡統計がありませんでした。研修指定病院は子どもの死に対して客観的なChild death reviewの出来る病院であるべきです。研修指定病院でChild death reviewが出来るような制度設計を検討したいと思います。
 以上の活動を推進するために、今後日本小児保健協会、日本小児科医会などの関連学協会との連携をさらに密にすることが求められます。また、日本小児科学会・日本小児保健協会・日本小児科医会・外来小児科学会の4学会合同で開催する学会「小児科week(仮称)」を将来開催することも検討したいと考えます。

3.会員に対する広報活動の充実と会員からの意見拝聴

 会員が日々直面する医療上の課題についてその時点で最も適切と考えられる対応法を小児科学会が時期を失することなく会員に呈示する広報活動を充実させる必要があります。さらに、各種委員会報告を理事会にて討議し承認するだけでなく、少なくとも社会的影響の大きな事項については、小児科学会としての方針をあらかじめホームページなどで公開し約2万人に及ぶ会員からの意見を募るなど、理事会の意思決定に関わる方法論についても再検討が必要です。

4.会員に対する研修事業の充実

 小児科学会は専門医指導者講習会などの会員向けの研修事業を行っています。また、思春期医学臨床講習会、園医・保育士のための講習会などを開催しています。しかしながら、約半数を占める実地医家、約4割を占める病院勤務医に共通して必要な臨床講習会などがあまり開催されてきませんでした。今後、専門性の高い疾患だけでなく、頻度の高い疾患や一般的な治療法に対する臨床講習会などを積極的に行うことが必要です。

5.専門医制度のあり方

 専門医制度のあり方が現在問題になっています。これまで主として制度的な問題が検討されてきました。しかし、その前にしなくてはならないことがあります。現在のわが国の専門医になるための必要条件が米国とは全く異なっていることをはっきりと示すべきです。米国における専門医とは、研修期間中に専門とするsubspecialtyの臨床・専門知識を会得するだけでなく、ある一定期間それに関連する研究を行い、成果を出して公表することを必須としています。日本小児科学会専門医が社会から信頼される存在になるために、専門医教育の内容について具体的に検討し社会に示し批判をお受けする姿勢を示すことが求められます。

6.各種委員会・プロジェクトについて

 小児医療現場における様々な問題に対応するため、小児科学会では各種の委員会活動が活発に行われています。しかしながら、社会的影響の大きい事項に関する委員会の結論とそれについての理事会での討議結果に関して、小児科学会会員の多くは詳細を知らされてきませんでした。また、現在活動している委員会はすでに34に及んでおり、委員会・プロジェクトを整理統合するとともに新たな問題に対してはしかるべき対応をとる所存です。

7.国際活動について

 米国小児科学会(PAS)だけでなく、欧米のPediatric Research学会との関係を今後さらに深め、交流を深める必要があります。これは独り立ちして活動されている小児科医にとってもちろん重要ですが、これから海外の最先端の小児科臨床を学んだり、小児医学研究を行いたいと考えている若手小児科医にとってさらに重要です。予算上の制約はありますが、関連分科会と協力してPASやアジア小児医学研究学会(ASPR)への若手医師の参加を積極的に支援する制度を出来るだけ早く検討します。

8.小児科医の生活向上を目指して

 現在問題になっている医療崩壊の中心は病院崩壊に他なりません。これまでのように病院に勤務する小児科医の職業を聖職として捉え、自分の生活を犠牲にした勤務状況を勤務医に強いる時代ではありません。一方、小児科医の労働者としての権利のみを強調することは、真に実力を持ち周囲から信頼される小児科医を育て上げるために必ずしもふさわしいとは言えません。しかしながら、子育て中の女性医師が勤務する上で支障となる様々な障壁を取り除き適切な環境を整備することは、男女を問わず小児科医が勤務医として誇りと自信を持って働き続けることにつながります。そのために、病院小児科の集約化、変則時間勤務や短時間勤務、ワークシェア、グループ診療、医療事務員の採用、当直回数の制限、保育環境の整備などについて、学会として具体的なモデル案を示す事が必要です。また、子育て終了後の女性医師の復帰支援システムを小児科学会が地域の病院と協力して作り上げる事も求められています。ただし、これらの事業を行う上で、地域の実情に会わせたプログラムを作ることが何よりも大切です。

9.小児科学会執行部の利益相反事項の開示について

 すでに日本小児科学会は学会発表や小児科学会雑誌での発表における会員の利益相反事項の開示について定めてきました。しかしながら、小児科学会の理事・監事などの執行部の利益相反事項についてはこれまで開示されてきませんでした。今後出来るだけ早い時期にこの問題に適切に対処する所存です。今回は執行部を対象とした利益相反事項の開示基準作りから着手しますが、将来は各種委員会委員にもその適用範囲を広げたいと考えます。
 これからも会員の皆様から小児科学会の活動に御理解と御支援を戴けるよう、お願い申し上げます。